外伝
外伝 万色の空_前編
人間との戦い。
そして、清廊族の裏切り者ダァバとの戦い。
ウヤルカは全力を尽くした。死力を尽くして戦い、片方の腕と目を失いながらも勝利を掴んだ。
ルゥナはウヤルカの功労が最大だったと称え、誰もがウヤルカに優しく接してくれる。
正直に言って気分がよかった。
レカンでの戦いが終わった後も囚われの清廊族は多くいて、ユキリンと共に大陸南東を飛び回った。
以前はアウロワルリスから眺めるだけだった場所。
人間に支配され、清廊族が追われた大地を取り戻した。
崖の近くから上に向けて大声で叫んだ。
やった。やり遂げた、と。
右腕を高く掲げ、故郷に聞こえるはずもない凱歌を高らかに歌った。
以前に誓ったように、人間を殺すことをアヴィや誰かに押し付けたりはしない。
それぞれは弱くとも集まれば清廊族を窮地に追いやる生き物。
およそ一年かけて目に付くそれらを一掃した頃に。
「メメトハとも話しました。ウヤルカ、あなたは一度クンライの故郷に戻って下さい」
ルゥナに言われた時、反発を覚えたのも本当だ。
ヘズの町に留まるルゥナ。南西部に残っていた人間と戦っているアヴィたち。
それらを置いてウヤルカに里に帰れなどと。
「不満はわかっています。ですが冬になれば北部での移動は厳しいでしょう」
「そりゃあそうじゃ。けども」
「ユキリンの為です」
言い返そうとしたウヤルカにルゥナが諭すのは、ウヤルカの相棒のこと。
「雪鱗舞の生態については私も詳しくありません。ですが南部や西部にはいません」
「そうみたいじゃな」
「今は元気ですが、やはり適した環境があるのでしょう。一度戻り、体を休めて下さい」
「むう……」
なるほど。
考えたことはなかったが、確かに生き物には適した環境があるものだ。
南部は本来、雪鱗舞が生きる場所ではない。
環境の違い。こればかりは鍛えようがどうしようが関係ない。
ユキリンに変わった様子はないが、不慣れな環境で無理をさせていないとは言えなかった。実際、夏場は特に疲れやすいようにも感じる。
「あなただけではありません。情勢も落ち着いてきましたから、他の皆も交代で里に帰ってもらうつもりです」
「ウチが一番遠いっちゅうわけじゃな」
「その体で働きすぎです、ウヤルカ。見ている私の方がつらいこともあると知って下さい」
さっきはウヤルカが不満を言おうとしたのに、逆に不満げな目でルゥナに睨まれてしまう。
そんな体で。片腕と片目をなくした体で働きすぎだと。
ルゥナからすれば、ウヤルカが動き回ることにやきもきする気持ちがあるのかもしれない。
「そいつはすまんかったなぁ」
「少しは反省してください。本当に」
じっとしているのは性に合わないのだ。
率先して方々に飛び回っていた。ユキリンも付き合わせて。
「まあルゥナのゆうことはわかったけぇ。こっちが問題ないんじゃったら一度帰るんもええじゃろ」
「クジャには使いを出していますが、クンライまで伝わっていないかもしれません。里の方々に今の状況を伝えて下さい」
「ああ、そうゆうのもあるんじゃな」
「いずれ私も行きますが、以前にお世話になったことのお礼も伝えて下さいね」
「そんなん気にせんでええじゃろが」
「伝えて下さい、ね」
気持ちの悪いくらいの笑顔と共に念押しされて、うひぃと変な声が出てしまった。
右から左に聞き流したウヤルカだったが、改めてこくこくと頷いて了解を示す。
アヴィやトワとの関係もうまくやっている。ルゥナが堂々としていれば彼女らはわりと素直なものだ。
聞き分けのないトワを一度折檻したのだとか、そんなことも聞く。
トワ的にはご褒美だったらしく、また一段とルゥナに甘えるようになったのだが。
「ではそういうことで。里の方々もあなたの武勇伝を聞きたいでしょう」
「おぉ、ウチらの活躍をよう聞かせてやるわ」
「変な誇張はなしですよ。いつかみたいに、連れてきた子供に目から光を出してと言われても困ります」
「ははっ! あれは傑作じゃったのぅ」
「出しましょうか、ここで」
「おう、じゃあ行ってくるわ」
ルゥナは怒ると目から光を放って敵を蹴散らすのだとか、そんなウヤルカの話を信じた子供がいたのだ。
本当に光線で焼かれてはかなわない。低く唸ったルゥナに手を振りその場を後にした。
◆ ◇ ◆
ヘズの町から飛び立ったところで、東に向かう一団が目に入った。
ネネランとミアデ、ニーレ。他数名。
少し前まで南の海岸線付近で人間の残存勢力と戦っていた。今度は東か。
人数から見て戦ではない。東部に残る清廊族への支援や調査だと思う。
そういえばエシュメノはニアミカルムに向かったきりだった。ネネランが同行しているのはエシュメノに会える可能性を考えているのか。
「……」
ミアデが何やら話している様子がうかがえた。
彼女は明るい雰囲気を作ってくれる気質がある。まだまだ困窮しているだろう東部の同胞たちにもミアデの元気が伝わるといい。
ミアデ自身はまだ結び直せていないセサーカとの関係を気にしているようで、時折陰を見せるのだが。
あれはもう少し時間が必要なのだろう。どちらかといえばセサーカの方に。
それよりも。
凛とした佇まいで弓を背負う女の背中。
ミアデの言葉に頷きながら、東の空に目を向けたままのニーレ。
青い空に薄っすらと白い雲。
その色に近い青みがかった髪を後ろでひとまとめにしている。白い弓との色調も空に似て。
綺麗だと思う。
けれどどこかぽっかりと寂しい。そんな風にも感じる。
「揃ってどこ行くんじゃ?」
「ウヤルカ! ユキリンも、しばらく会えないね」
追いかけて降りていくと、ミアデが駆け寄ってきてユキリンの頬を撫でて笑った。
他の面々も集まってきて輪になる。
「東部だよ。あたしもネネランも少しは土地勘があるから、あっちの人たちの冬備えの手伝いとか」
「人間の町を使っとるんじゃろ」
「そうだけどね。あの戦いのせいで山の魔物も変な場所に出たりするみたいだから」
人間との戦いの最中、魔物たちも本来の住処ではない場所に溢れ出た。
戻ったものもいればそうでないものもいる。人間の脅威がなくなっても危険がなくなったわけではない。
「解放されて一年程度では生活も不安定だろう。手伝えることがあるなら行ってみるさ」
「ああ、おんしの弓がありゃあ魔物退治にはええじゃろ」
「そうだな」
周りを元気づけるミアデと、冷静な射手のニーレ。器用で気の利くネネランという人選は目的にも合っているのか。
「ウヤルカは北部に帰るんですよね? ユキリンを連れて」
「聞いとったんかネネラン」
「ラッケルタのことでルゥナ様と話していたので」
ラッケルタは地上では冬眠する。寒さをしのげる納屋の中や洞窟などの環境では違うらしい。
このまま東部に向かえば冬を迎えてしまうから、ラッケルタは留守番ということだ。
環境の違い。
ルゥナがユキリンを気遣ったのはラッケルタの冬眠も一因だったのか。
ウヤルカはまるで考えたこともなかった。本来なら最初に気づかなければいけないはずなのに。
「すまんの、ユキリン」
「Fiu」
短く高く声を発した。気にするなと言うように。
細かいことに気が回る性分ではない。強くなったからといって性格は変わらない。
「故郷が一番ってことだよね。あたしの村はずっと前になくなっちゃったけど」
「私は同じ村の方に会えました。ミアデさんと同郷の方も、きっとどこかで会えますよ」
「うん。ありがと、ネネラン」
東部を解放して救い出した同胞たち。
中にはネネランと故郷を同じくする者もいたと。他にもきっといる。
これからゆっくりとそういった縁を結び直して、また新たに作っていけばいい。その為にも冬を生き抜かなければ。
「……」
「なんだ?」
思わずニーレの顔を凝視してしまった。
怪訝そうに眉を顰めるニーレに、慌てて首を振って何でもないとごまかす。
ニーレが東に行くのは、西に行きたくないからだろうと考えていた。
サジュの町にはつらい思い出がある。だから近づきたくない。
しかし思い出と言うのなら、むしろ東の方がつらいのではないかと。
ニーレが生まれたという人間の作った牧場は東のレカンの町の近くにあるとか。
故郷と呼ぶのは違うけれど、ユウラとの思い出の多くはそこにあるはず。
大丈夫なのかと、聞きそうになってしまって。
それは彼女に対して礼を欠く言葉だろう。いくら礼儀知らずのウヤルカだってそれくらいの分別はある。
ニーレはれっきとした戦士であり、傷を背負ってでも歩いていけるだけの強さがある女だ。侮っていいわけがない。
「何か言いたいことがあるなら」
「や、別に……気ぃつけてな」
「あぁ?」
はっきりしない言い方になってしまったが、うまく言葉にできそうになかったのだ。
ウヤルカの心をよぎった不安のようなわだかまりを伝えられない。
「冬が過ぎたらまた戻るけぇ、ウチがおらんでも元気でな」
「ウヤルカも、ちゃんと体を休めるんだよ」
「無茶しないよう見てあげて下さいね、ユキリン」
「……」
信用ないのぅと笑い空に舞い上がる。別れを惜しむなどなんだか落ち着かない。
ニーレは何も言わず、言葉の代わりに一筋の氷の矢をウヤルカが向かう空に放った。
青い空を貫く真っ直ぐな一条の光。
ニーレの意志を示すように、ただ真っ直ぐに。
◆ ◇ ◆
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