第六幕 095話 咲かざる呪華_1
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※ 清廊族側の主要キャラのストーリーは第五幕でほぼ解決しているので、第六幕は主に敗者側の結末についてのお話になっています。
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レカンの町が滅びる。
西の空から降ってきたのは、噂に聞いた飛行船というものだろう。
飛行船はイスフィロセ軍のはずだから、エトセンの内乱に乗じて攻めてきた一団なのかもしれない。
西門が凍り付き砕け散ったというのは、人間の手によるものではない。わかりきっている。
影陋族の魔法。途方もなく強力な。
ネードラハで敗戦したという影陋族の戦士団がここまで来たのか。だとすればエトセンは陥落したと見て間違いない。
そして続けて町を覆うような魔物の群れ。
春にトゴールトで戦った以上の数。種類は雑多というか滅茶苦茶だったけれど。
レカンの町を埋め尽くすような魔物の群れが襲い、そして去っていった。
何が何だかわからない。
ばらばらな災厄が一晩のうちに襲ってきた。
町の住民は恐慌状態だ。
着の身着のままで逃げる者。
せめてもの家財を持ち出す者もいれば、それを殺し奪って逃げる者も。
ただむせび泣き、逃げ惑う群衆に蹴り潰されて死んでいく人々も少なくない。
レカンの町はもう終わりだ。
この様子ではエトセンも。このカナンラダ大陸における人間の歴史そのものがお終いなのだと感じた。
港に行ったところで乗れる船も期待できない。
戦いの気配は西側から迫ってくる。
影陋族だろう。
よせばいいのに、狂乱の渦の中で影陋族を敵と見做した兵士や冒険者、町の荒くれものなどが怒声を上げて向かっていく。
対する影陋族もまた、この町の人間を敵として殺していった。
最初から敵対している種族であり、反撃を受けたことで向こうもまた苛烈に狂いながら殺戮に興じる。
止められない。
誰にも止められない。恐怖と憎しみの連鎖。
人間がこの土地で無思慮に積み上げてきた歴史そのもの。泥で積み上げた城郭など崩れ始めれば止める手立てはない。
「どこの旦那さんだぁ?」
暴力は暴力を呼ぶ。
こんな状況では道徳などという言葉はとうに踏み砕かれ、塵ほども残ってはいない。
数名の男がツァリセに目をつけ声をかけた。
「立派な服着て女連れときてら」
ツァリセの服は貴族が着るようなものではないが、貴族の前に出てもいい程度のものではある。
庶民、貧民から見れば十分に高級品に違いない。
「ってこいつ、影陋族じゃねえか」
「あぁ? レカン襲ってる連中の仲間かよ?」
ゴロツキ。チンピラ。
普段はここまで暴力的ではないのかもしれないが、火事場泥棒でもして気が昂っているのだと思う。
「ひ」
「……」
考えなくてもわかるだろうに。
呪枷をつけた影陋族の奴隷が、町を襲っている影陋族の戦士の仲間ではないことくらい。
見ればわかるだろうに。
それなりの服を着て帯剣しているツァリセを、町で管を撒いている程度のチンピラにどうこう出来るわけがないことくらい。
「はあ……」
ツァリセはそれほど強くない。
自覚はある。町を守る英雄にはとてもなれない。
「なんだ、兄ちゃん?」
「金と奴隷を俺らに渡せば、このまま逃がしてやるぜ」
「……」
逃げる前に混乱する町で小銭を稼ごうと。
ここは東門に近い。西門から一番遠いからまだ余裕があるなどと考えているのだろう。
さっさと逃げればよかったのに。
欲を掻かずにこの場から。
「は、はは……」
人間全部がそうだ。
際限なく欲を溢れさせこの土地を貪ってきた。その揺り戻しがこの始末。
今ここでチンピラに絡まれなかったとして、きっと町を出て港に向かえば道中で野盗などに襲われたりするだろう。
人間社会にはどこにでも、どんな手口でも自分の欲望を満たそうとする輩が一定数いる。
「救えないよね、本当に」
影陋族にとっては害獣の群れに等しい。
山の魔物からも同じように思われているのかもしれない。彼らの生きる場所を冒す無頼者として。
「ああ? こっちも焦ってんだ。わからねえなら死んどけ!」
「服は破るな。そこそこで売れ――」
暴動に触発され気が立っているというのなら。道徳が欠落したと言うのなら。
どうしてツァリセも同じく、法も情も失っていると考えないのか。
「はあ」
剣を抜いたことさえ認識できなかっただろう。
ツァリセは曲がりなりにもエトセン騎士団の一員。その技は一流の戦士のもの。
加虐心が膨らんだせいもある。
膝上の腱を切断し、転がした。
「うっ、ぎゃあぁ!」
「いでぇ! づあぁぁ……」
片足ずつ。
なるべく出血が少ないよう、けれど立てぬように。
息を飲むスーリリャの様子に、もう一度溜息を吐いた。
八つ当たりをした。弱い者に対して。
もうどうにもならない状況で、いたずらに血を流す。
ツァリセの実力を知れば逃げていっただろうが、どうせ逃げた先で別の誰かに似たようなことをしただろう。
なら即座に殺せばよいのだけれど、少しは人の痛みでも知ってから死ねばいいと意地悪をした。
呻き転がる男どもを置いて歩き出すと、スーリリャも続く。
失血で死ぬのが先か、影陋族に見つかり殺されるのが先か。
あるいは他の人間に殺されたりするかもしれない。
なんにしろ行き着く先は変わらない。
後悔して、絶望して死ねばいい。
遅いか早いか、それだけの違いだ。
「ツァリセ様……」
出てきた理由は何かあっただろうか。
雨が止んだから。その程度のことだったかもしれない。
薄暗い部屋で、いつ扉を開けて死を告げる者が現れるか。それを待つのが怖かったのかも。
逃げれば、生き延びることも出来るかもしれない。
だが、もういい。
ツァリセにはもう何もない。生きていく望みがない。
怯えて隠れ生きるくらいなら、もう終わらせてほしい。
もうたくさんだ。
「……」
北西、やや遠く空を行く白い翔翼馬の姿。災厄の魔女が乗っていた魔物か。
その下、家屋の屋根を飛び跳ねる小さな姿を見た。
「ひゃ!?」
身を隠す。
スーリリャを掴み、建物の陰に。叫び声を手で塞いで。
「……」
あれは、駄目だ。
あれはまずい。知っている。
壱角の娘。馬の魔物に育てられた影陋族。
向こうもツァリセ達を覚えているかもしれない。
きっと忘れていない。
親の仇だ。忘れているはずがない。
「隊長……」
やはりそうだ、ビムベルクの言った通り。
あの壱角が災厄だった。人類の敵だった。
親代わりの魔物を殺されて、復讐の為に異常な力を得た。
トゴールトの魔物の群れもそうに違いない。エトセンを滅ぼしてビムベルクを殺そうと。
トゴールトに現れた災厄級魔法使い。魔女堕ちのアン・ボウダ。あれも壱角が墓から引っ張り出してきたのかもしれない。
ありとあらゆる忌むべき手段を用いて人間に復讐を果たしに来た。
その標的はまずビムベルクで、そしてビムベルクと共にいたツァリセと……
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