第六幕 094話 許されざる者



「女の子同士なんて、変……変だわ」



 朝日が、昇るのをやめた。

 輝くのもやめた。


 そう錯覚するほど、世界が凍り付いた。時が固まった。




「あ、あ……」


 ルゥナの喉が震える。

 アヴィの手を掴んだ両手がわななく。


 どういうことだ。

 何を言ったのか。頭では理解できるしよくわかるけれど、ルゥナの胸が受け入れようとしない。



「あ、あなたが……」


 ひくひくと頬が引き攣り、瞼もそれにつられた。

 間近に迫ったルゥナの瞳を、身を縮めたアヴィが見上げる。



「貴女がそれを言って良いわけがないでしょう‼」



 激怒した。

 激憤して激高した。


「言うに事欠いてなんです!? はぁ、女の子同士がおかしい? 誰が、どの唇で言うんですか! この唇ですねんむぅぅっ! ぷはぁ、誰に向かって言ってるか知っていますか!? わかってて言っているんだったらあれですか、そういうことですか! どういこうとですか!?」


 思考も言葉もまとまらない。

 溢れる感情だけを目の前のアヴィにぶつける。


「ねえ、アヴィ。どうして? どうしてそんな言葉が言えるの? わからない! 信じられない、ちょっとこれもう信じられないでしょう。おかしいですよね? アヴィ、貴女はおかしくなってしまったのでしょう。ああぁぁ……ええ、わかっています。怒っていませんよ‼」


 びくぅっとさらに体を小さくしたアヴィに、ルゥナの感情が止まらない。




「今のは、ねえ。それ言っちゃ駄目でしょアヴィ様」

「アヴィ様……さすがに私もお助けできません」

「だからトワは言ったのです。この女はおかしいって」


 後ろも煩いけれど。

 アヴィの言葉を支持する声はない。


「なあこれ妾じゃろ? 一番怒っていいの妾じゃろう?」

「後になさいメメトハぁ!」

「はいなのじゃ」


 ルゥナを始めとして、共に戦った仲間をこの道・・・に引き摺り込んだのはアヴィだ。

 アヴィの接吻キスで始まったことを、戻れないところまで来ていち抜けたなどと言い出した。許されるわけがない。



「ねえアヴィ、間違いですよね? 私の聞き間違いか貴女の言い間違いなんでしょう? 女の子同士が変なんて思ってもいないことを」

「う……うん、そんなこと思ってな――」

「嘘はやめなさい!」


 許せない。

 信じられない裏切り。



「お、怒らないって言った」

「怒っていません! ええ、アヴィ。そうです……貴女は狂ってしまったのですね。可哀そうなアヴィ」


 首元に顔を寄せて囁く。

 変な病に憑りつかれてしまったアヴィの首筋に、耳の裏にルゥナの唇が触れる。

 ぎゅうっと肩を力ませるアヴィ。


 アヴィの匂いがする。

 ルゥナの情欲を掻き立てる香り。うねり誘うような耳のひだにすら興奮を覚えるほど。



「全員聞きなさい」


 アヴィを救わなければならない。

 変な妄執に囚われルゥナから離れようとするアヴィを救わなければ。



「アヴィが二度と、こんな妄言を口にしないよう。私たちで導きます」

「る、ルゥナ……」


 そうだ。ルゥナだけではない。

 ルゥナの手は増えた。仲間たちの手も借りればきっとアヴィは帰ってくるはず。



「アヴィに、女の子の良さを教えて、暖かな幸福から逃げられないよう徹底的に甘やかしなさい」

「トワは得意です。お任せくださいルゥナ様」


 嘘をつけ。手管に長けていることは確かだけれど。



「不肖セサーカ、謹んで……喜んで」


 言い直した。後の方が本音だ。

 アヴィへの愛ならルゥナに匹敵するセサーカが断るわけがない。



「あ、あたしも……ティアが、許してくれるなら」

「ミアデが望むなら、私も手を貸しましょう」


 心強い。ミアデとティアッテが手を貸してくれるというのなら。

 オルガーラは……まあいいとして。



「私も、かな……もちろんアヴィ様は敬愛しているから嫌ではないんだが」

「トワ姉様と一緒なら、イバは構いません」

「全員と言いました」


 生真面目なニーレとあどけなさの残るイバ。

 他の皆の責め……強い愛情表現で疲れたアヴィには、彼女らが心を開く助けにもなることも十分に考えられる。



「いやいや、おぬしら待つのじゃ。その役はまず妾じゃろうて」


 これは案外と警戒がいる。

 気を抜けばルゥナの手からもアヴィを抜き取ってしまいそうなメメトハ。

 それだけの力と器量がある。エシュメノやウヤルカにも気をつけなければ。



 ここにいない者にも命じよう。

 全力でアヴィを引き戻す。ルゥナたちのいるこちらの道に。



「その……私は……」


 心からの本音ではなかったのかもしれない。

 けれど、そういう迷いがあったのも事実。だから言葉が口に出た。そんな迷いは消し去ってやらなければならない。拭い去る。優しく、甘く。


「アヴィ、大丈夫ですよ」

「や、やさしく……」

「もちろんです、アヴィ」


 これは戦いだ。

 裏切りの道を行こうとするアヴィを阻む戦い。

 全ての愛と優しさを持って勝利しなければならない。



「私たちが……私が貴女を救いますから。ね、アヴィ?」


 清廊族としてではない。ルゥナ自身の戦いがここから始まる。



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