第六幕 076話 暮れの暴燭



 町から溢れる狂気。

 清廊族を殺せと叫ぶそれらを無視はできない。


 夕暮れの町外れでぶつかる人間の群れとエシュメノたち。


 押し寄せる人間はそれぞれ大した力があるわけではないが、数が多い。

 そして狂乱している。集団で狂えば歯止めが利かない。



「無駄じゃろうが、あほうが!」


 ウヤルカが薙ぎ払えば、それだけで数十人が死ぬ。

 しかし、それを埋めるようにまた溢れてくる。


 エトセンからここまで駆けてきて、その上でダァバ、鷹鴟梟との戦いの後。

 体力に余裕があるわけではない。

 アヴィやルゥナ達のことも気になる。助けに行きたいのに。



「こんだらずがぁ!」


 ウヤルカが吠えた。

 エシュメノも、ミアデもニーレも。


「真白き清廊より――」

「まず魔法使いを殺せぇ!」


 いけない。

 狙われるセサーカを背中に戦うが、とにかく数が多すぎる。



「空の魔物もだ!」

「誰か打ち落とせ!」

「祝焦の炎篝より、立て焼尽の赤塔!」

「底府の割窩より、溢れよ飢望の暴燭!」


 これだけの数がいれば、中には魔法使いもいる。

 町に残っていた冒険者や兵士の中に。



「ユキリン! 離れてて!」

「Qui!」


 ユキリンは決して打たれ強い生き物ではない。

 強烈な力ではなくとも、苦手な炎の魔法を受ければ大きな痛手になってしまう。

 エシュメノの声に、しかしユキリンは従わない。


 するり、するりと。

 敵が空に向けて放つ魔法や矢、投石を避けながら、近付き、また離れ。

 ユキリンなりに、攻撃を引き付けようとしてくれている。



 こんな戦いに意味はない。

 エシュメノの大事な仲間が、こんな無意味な殺し合いで傷つくのは嫌だ。

 狂った集団にそんなエシュメノの言葉が届くはずもなく、ただ両手の短槍で貫き、打ち払うだけ。



「ぬおぉぉりゃあ!」


 町に残っていた冒険者。

 巨漢のそれが振り上げたのは、歪な形の大きな棍棒。

 灼爛を倒した後に残っていた棍棒――尻叩きコクサ・ポエナ


 エシュメノがそれを知っているわけではないが、目に入った瞬間に嫌な雰囲気を感じた。



「みんな!」


 巨漢の男が全力で叩きつけるそれを、籠手の形状で両手を交差させて受け止める。

 が、重い。


「くぅぅっ!」


 押し負けた。

 目立って強力な相手ではないが、体力の消耗もある。

 それ以上に、その棍棒が異様な力を発揮した。



「っ!?」


 ずどんと大地に叩きつけられた。

 そこから激震が走る。

 まるで英雄の一撃でも受けたように地面が波打つ。

 溜腑峠の沼底で、大英雄と呼ばれる男が拳で地震を引き起こした時と似た地響き。



「う!」

「ぬぁ!?」


 ニーレもウヤルカも足を取られた。

 人間の群れも当然同じ影響を受けるが、集団で雪崩のように突撃してきているので影響が少ない。

 もつれあいながら、セサーカを守るエシュメノ達を飲み込もうと――




「遅くなりましたエシュメノ様!」

「GuRaaaa!」


 突進力なら負けない。

 ユキリンが素早さで勝負をするのなら、ラッケルタは重量級の体躯で戦う。


 エトセンから駆けてくる間に遅れたネネランとラッケルタ。

 今まさに飲み込まれようとしたエシュメノ達には心強い援軍。



「私のエシュメノ様を!」


 ネネランが手にしているのも重量級の武具。

 英雄ビムベルクが持っていた白く巨大な剣槍マウリスクレス。


「潰させません!」

「ぐおぁ!」


 同じ重量級の武具を持ち、名の無い冒険者とネネランがぶつかれば。

 歪な棍棒を手にした巨漢をマウリスクレスで薙ぎ払った。



「っ!?」


 ――ぐおゎん!


 マウリスクレスと棍棒がぶつかった瞬間、銅鑼のような重い音が響き渡った。

 狂気の集団を怯ませるような、重い音。



「く、怯むな! レカンを守るんだ!」

「一匹や二匹増えたって!」

「私たちだけだと言いました、か!」


 さらにもうひと薙ぎ。ネネランが敵集団を薙ぎ払いながら叫ぶ。

 そして、白く巨大な武器を掲げた。


「踏み躙られるだけの時はもう終わりなんです!」


 ネネラン達が駆けて来た後方から、さらに続く。

 清廊族の戦士たち。

 これまでの町で解放した者もいれば、山を越えてきた同胞も。



「長老たちも!」

「ああ!」


 ミアデとニーレの声に活力が戻る。

 後ろの敵を片付け、駆けつけて来てくれた。仲間が。



「うおぉぉ!」

「だああぁぁ!」


 ぶつかり合う清廊族の戦士たちと、人間の集団。

 一度彼らに任せ、エシュメノ達は後ろに下がった。さすがに戦い過ぎて息が続かない。




「ばあちゃんたち!」

「メメトハはどこですか?」


 カチナ達を見つけると、向こうから状況の確認に質問が返された。

 鷹鴟梟との戦いの最中、離れてしまった。

 そういえばトワもいなくなっていたし、トワを助けた見知らぬ男も。


「北の方に行った。ダァバを追って」

「トワも一緒だ。トワの父親も」


 ニーレが続けたことで、あの男がトワの父だったのだと知る。

 だから命がけでトワを守ったのか。



「ヤヤニルが……」


 パニケヤの声が震えていた。なんだか泣き出しそうな弱さも感じる。

 すぐに振り払う。カチナと顔を合わせて頷いた。


「パニケヤ、ここは私が受け持ちます。すぐに追いなさい」

「……お願いします、カチナ」

「私も行く」


 方角を知っているニーレが一緒に。

 駆けつけた戦士たちとエシュメノ達は、このバカげた戦いを治めるのが役目だろう。



「トワ姉様を助けるなら私も行きます!」

「好きにすればいい」


 さらに声を上げたのは、サジュのイバ。

 トワと仲が良かったから心配なのだと思う。ニーレが拒否しても勝手について行きそうな様子だ。



「すぐに」


 混乱する戦場を後に駆けだそうとするニーレだが、ぴたりと。動きを止めた。



「……」


 エシュメノもまた、暮れかけた空を見上げる。

 北西。

 ちょうど陽が沈む方角。

 雲の切れ間から真っ赤な、不安になるほど赤い日差しが世界を焼くように照らしている。



「……なにか、くる」


 エシュメノの毛穴がぞわりと開く。

 嫌な感覚。

 正面の人間の群れとは逆に、北西のニアミカルムの山々から。



「これ……」


 狂気。

 殺意。

 山から溢れる怖気と地鳴り。


 山が怒っている。

 泣いている。


 世界を悲嘆して、この暮れと共に枯れ果ててしまえというように。



「だめだ……こんなの、だめ」


 森が震え、空にも数えきれないほどの黒点が。

 狂乱の中心であるこの町を目指して押し寄せてくる。


 ここにある全ての死を願うような渇きを望む暴威が溢れた。

 朱の太陽を背に迫るそれは、人間が使う魔法のよう。



「こんなの、だめだ」


 エシュメノは悲しい。

 どうして、生きる為ではなくて、死を願う為に戦うのか。

 そういうのは、ソーシャは教えてくれなかった生き方なのに。



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