第六幕 077話 濁る銀嶺
意識が朦朧としていた。
全力で、力の限りの魔法を連続した。
後先などどうでもいい。今この瞬間に全ての力を出し切ろうと。
ダァバを討ち果たした。
メメトハの魔法で。
そうだ、あの雷の魔法はメメトハの魔法だ。メメトハ以外が使えたことがない。
神の怒り。雷光の魔法。
雷の力を他の誰かが使ったところを見たことがない。魔法使いではない
「アヴィ……っ」
体力を使い果たして、意識こそ保っていたものの相当な時間が過ぎてしまった。
隣に倒れるメメトハは気絶していたのかもしれない。
呻いたルゥナに反応して彼女も身じろぎをする。
すっかり辺りは暗くなっている。
ルゥナ達がいた周囲を避けるように地響きが抜けていったのはわかった。何もできなかったけれど。
魔物の群れ。
この周辺に生息していたありとあらゆる魔物が、レカンの町を目指して。
おそらく直前の激烈な戦いの気配が、魔物たちにこの場所を避けさせたのだろう。雷の魔法の影響だったのかもしれない。
「アヴィを……」
助けに行かなければ。
シフィークは使う。雷撃の剣を。
ルゥナではシフィークとの戦いの役には立たないけれど、メメトハなら……
「……」
山は、ひどく静かだ。
全ての魔物が去り、恐ろしいほど静かな山。
生きているものが何もなくなってしまったような寂しさ。
「……戦いは、終わったようじゃな」
「そう、ですね」
アヴィとシフィークの戦い。続いているのなら熾烈なものだろう。
それこそ山を揺るがし、森を震わせるくらい。
そういう気配がない。
雲が晴れている。
ほんの少し欠けた月の明かりと星ばかり。音が無く、光の瞬く音が聞こえそうなほど。
静寂の夜。
終わった。
どういう形なのかわからないけれど。
「メメトハ、お願いがあります」
「どうせ妾の意見など聞かぬのじゃろう」
「……町に戻り、皆を助けて下さい」
眩暈のする頭を軽く振りながら立ち上がる。
どうにか動ける程度には回復した。
「もしあの人間が……シフィークが生きているのなら、私は命を断ちます」
「……」
「アヴィのいない世界に、私が生きるつもりはありません」
共に生きて、共に死ぬ。
その約束は変わらない。変えない。
「その時は、皆でシフィークを討って下さい。私はもう二度と、あれに使われたりしません」
再び人間への隷従を強制されるくらいなら死ぬ。
さっきの命令さえ、思い返せば腹に据えかねるもの。ダァバとの戦いはシフィークの為などではないのだから。
「信じておるのじゃろうな?」
「もちろんです」
頬が緩んだ。
言ってみたものの、自分はアヴィの勝利を疑っていない。
任せろと言ったのだ。アヴィは、ルゥナの未来を。
その背中を見送った。自分が役目を果たして、アヴィが果たさないわけがない。
「まあ、なんじゃ。妾も信じておるのでな」
「エシュメノたちの方が心配です。魔物の様子は普通ではなかった」
互いに頷く。
メメトハも混濁する意識の中で感じていたのだろう。
山から溢れた魔物の群れ。クジャでのことを思い出さずにいられない。
こちらの戦いが終わったとしても、離れた町の方で戦っていたエシュメノ達はどうなっているのか。
片付いたのならこちらに合流しようとするはず。それがない。
鷹鴟梟との戦い。そして魔物の群れ。
無事でいてほしい。
「……と、この男じゃな」
少し離れた場所で倒れている男。
トワを庇ってくれた清廊族。ダァバとの戦いの最中も短剣を投げた。
「トワとゲイルは……」
「ゲイル?」
「濁塑滔です。アヴィがそう呼ぶので」
どこにいったのだろう。
意識が飛んでいる間にどこかに。
「濁塑滔ならそこにおる」
メメトハが落ちていた杖を拾いながら指差す。
荒れ地の中ほど。
疲れたというようにのっぺりと伸びていて、暗がりでよく見えていなかった。
ルゥナも魔術杖を拾いながら濁塑滔――ゲイルに近付くと、のそのそと這い寄り、足を伝って這いあがる。
前より少し大きくなっているのは、この地に埋められた魔石を食べたからだと思う。
廃村の人間。それを殺した時の命石。
使い道がなくて埋めておいたものが、こんな形で役に立つとは。
「お前も、よくやってくれました」
「――」
ぶるるとルゥナの肩で震えて、そのままだらっとへたばる。
分離しかけのダァバの力を吸い上げ、食らった。まがい物の力で強くなったと有頂天になった愚物よりも、ゲイルの方が適合しやすかったのか。
何か一つ欠けても勝てなかった。薄氷を踏む勝利。
「愁優の高空より、木漏れよ指窓の窈窕」
メメトハが倒れていた男の為に謳い上げた。
治癒ではない。体力を戻す魔法だが、唱えながらも表情は冴えない。
難しい……助かる見込みは少ないのだろう。
「……」
まだ息はあるけれど、痛みを和らげた程度。
わずかな呻き声と共にうっすらと目を開けたが、その顔色は死相が濃い。時間稼ぎにしかなりそうにないが。
「トワは……?」
共に戦ったトワ。
姿がない。どこにいったのか。
考えたくないが、骸なども……もちろん、ない。
「女神は見留める。痴愚の環椎に刻む符印は指顧の下にありと。隷従の烙号」
「ぁ」
ぶるりと、メメトハの体が震えた。
夜の闇の中、黒い影に覆われて。
「あ……」
くたりと、膝を着く。
ルゥナがシフィークを前にして力が抜け落ちる姿は、ちょうどこんな風なのだろう。
「な、ぜ……」
「さあ」
疑問の声はメメトハだったのか、ルゥナだったのか。
答える声は、静かな夜に鈴を転がすように美しく鳴り響く。
邪気の欠片もない。りん、と。
荒れ地の先、林の中から姿を現した。
戦いの最中に飛ばされたはずの、忌まわしい歪んだ杖が。
「どうして……?」
「さあ」
月明かりの下。
灰色の娘は、赤い瞳のような宝珠を収めた杖を手にして。
「さあ、どうしてでしょう。どうしてでしょうか?」
首を傾げる。
しゃらりと音を鳴らして、銀灰色の髪が揺れた。
「どうしてでしょうか、ルゥナ様?」
笑う。
微笑む。
赤く光る杖の瞳とは違って、その灰色の瞳はいつになく静かな色。
揺らがない。
「トワ、私は……」
「間違えたら、どうしましょうか?」
忌まわしい呪術の杖と、それに屈するメメトハを従えた上で。
ルゥナを量る。
トワの求める正解を紡げるのか、と。
「間違えてばかりの貴女を。どうしましょうか、ルゥナ様」
他に選べる道はないのだと、ルゥナの胸に赤い光を
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