第六幕 070話 天を破る力



 また増えた。

 清廊族の女がまた増えて、パッシオの邪魔をする。


 踏み潰そうとしたが、思いの外力が強い。

 片腕のくせに。


 他の連中より体格がいい。

 ぶつかり合う力も重く、見掛け倒しではないということはわかる。



「?」


 どこから現れた?

 空から飛んできたようだった。

 失った腕の代わりに翼が生えているわけでもないだろうに。



「キサマもしネ!」


 なんでもいい。殺せば済む話だ。

 押し込もうとした足が、するりと空を滑った。

 力任せの戦士かと思ったが、金黒の斧槍を斜めにパッシオの力を受け流して、


「死ぬんはおんしじゃ!」


 蹴りを、腹にくれた。

 頭に血が上っていたせいもあるが、見事に食らう。先ほど紫の槍で傷ついた脇腹に。


 思った以上に重い一撃。

 その衝撃を受け慌てて下がった。



「コのていド!」

「おんしがあれじゃ、ダァバの使い走りゆう鳥の魔物か」


 使い走り。

 神たるダァバの一番の下僕であるパッシオに対して。

 清廊族の女ごときがよくも。


「誇りも品も捨て腐った阿呆鳥じゃ!」

「ゲひんナおんなガぁ!」


 悪口に腹が煮え立った。

 薄汚い女にパッシオの誇りを侮辱され、怒りが力に変わる。



「ころス‼」


 全力で地面を蹴ると同時に強く翼を叩いた。

 猛撃の左足。


「ぬ、うぅっ!」


 受け止めた斧槍ごと女を押し込み、地面を削りながら町の建物の壁に叩きつけた。

 女の背中がぶつかった衝撃で家が崩れる。



「ウヤルカ!」


 短槍使いの壱角が叫ぶが、まだだ。

 そのまま今度は両足の爪で斧槍を掴み、引き摺り出す。

 翼で、女を引き摺る。



「ナに!?」

「ウチの番じゃぼけぇ!」


 槍が動かない。

 一瞬だが、パッシオが両足で掴んだ斧槍が固定された。

 片腕の女が槍の穂先を地面に突き立て、引っ張り返した。


「うぉりゃあ!」

「ぶ」


 足を離せばよかったのだが、力比べに負けたくないと頭に血が上っていた。

 引き留められたパッシオ。

 そこに向けて、片腕で体を固定した女が両足を揃えて蹴り飛ばす。



 再び腹に重い蹴りを受け吹き飛ぶパッシオ。

 強い。この女は。


 しかし。

 片腕であることはやはり不自由。

 そしてもうひとつ。



「フんっ!」


 吹き飛ばされながら、上空に抜けた。

 戦っている間に頭のふらつきは戻っている。

 蹴り飛ばされたパッシオに対し、逆から襲ってきた壱角の娘。その槍を避け空に。



「はあぁっ!」

「ホう!」


 壱角が空を駆けた。

 素早い。

 後から現れた女戦士にはない素早さ。


 この速度があの女戦士にあれば。

 あるいは、この壱角にあの女ほどの膂力があれば。

 パッシオを討ち果たすことも出来たかもしれないが。



「そらデわたしニかテるかァ!」


 槍を躱して、さらに空中で反転した壱角に驚愕しつつ翼で払い落とした。


「くぁ!」

「おんどれ!」


 ぶぉんと唸りを上げて、斧槍がパッシオを掠めた。

 壱角を巻き込むことを怖れ、一瞬の躊躇。その遅れで避けられる。



「ばかメ!」



 これで武器を失った。

 壱角も、不十分な体勢だったがパッシオの一撃を受けて地面に落ちる。すぐには動けない。


「きさまヲころセば!」

「凍貫け! 皎冽!」



 三本の筋。

 弓使いの全力を込めたそれも、翼の一振りで躱す。


「天嶮より下れ、零銀なる垂氷」


 魔法使いも悪足掻きを。

 鋭い氷ではない。分厚い氷をいくつも空に掲げ、とにかくパッシオにぶつけようと。

 無数に降り注ぐ氷の板の中、自分に当たるものだけ打ち砕いた。



「終わりだゴミども!」


 パッシオとダァバの邪魔をするゴミ。

 世界に不要なクズ。

 そう思うとすらりと言葉が出た。


 パッシオと母を捨てた父にとってはちょうどこんな存在だったのだろう。

 少し目障りな存在。自分の邪魔にならなければ存在しても構わないが、邪魔になるなら処分する。

 その程度の。


 自分が嫌悪する父と同じことをしていることも気付かず。

 会ったこともない想像の中の父と同じく、下にいるゴミを見下した。



「ゴミクズごときが!」


 斧槍を失ったとしても、女戦士の力は脅威に成り得る。

 他はもう大した問題ではない。

 この空から、あの女戦士を貫く。パッシオの爪で。


 武器を失った片腕で防ぐとしても、その腕ごと貫き、引き千切るだけ。

 これで終いだ。



「舐めすぎじゃ、おんしは」


 右拳を突き出した。

 空から一直線に貫くパッシオに向けて。


「その子は天才じゃけぇ」



 空の上の気配。

 魔物の気配くらい気付いている。何某かの魔物がいて、風の魔法を打ち出したとしても。

 それが空間を打ち砕くような魔法でなければ、パッシオには石をぶつけられた程度の痛手にしかならない。



「ハ!」


 一直線に。

 先の矢筋を避けた場所から、一直線に女戦士に向けて。



「だから阿呆鳥ゆうんじゃ」



 空から落ちてきた。

 逆さ階段のように空に張られた氷の板を蹴り、駆け上がり。

 駆け上がった天から、今度は撃ち落とすような風の魔法で加速しながら、小柄な少女が。


 凄まじい回転と共に、パッシオの直上に落ちてきた。



「破天」



 取るに足らない。

 決定打になるだけの力のない少女。

 歯牙にもかけていなかった。それが、空に出来た氷の足場と風の魔法で勢いを増して。


 パッシオを砕くに十分すぎる回転と共に、踵を叩き落とした。



流星白華りゅうせいびゃっか!」

「――っ」



 頭蓋が砕ける音が聞こえた。

 自分の頭蓋が。

 一筋の彗星のごとき一撃がパッシオの脳天を捉え、その勢いのまま大地に。



 ぶしゃりと。

 地割れと共に、パッシオの頭を粉々に打ち砕いた。



  ※   ※   ※ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る