第六幕 069話 為果す私の誉れ



為果しはす  ※しおお-せる、やりとげる。



  ※   ※   ※ 



 強い。

 清廊族や人間の強者とは違う。

 生物として強すぎる。


 千年級の魔物。

 ここまでに既に何度も攻撃を受け、頭や目に衝撃が残っているのだろう。

 動きはやや鈍り、飛翔も覚束ないのか地面を蹴って戦う。だからこちらの攻撃が届くわけだが、それでも強い。



 ニーレが放つ糸のような矢は鷹鴟梟おうしきょうを貫く。けれど集中が必要らしく、狙いを定めている呼吸で避けられる。

 ミアデの蹴りを受けても、一枚一枚が鋼のような羽の体。決定打にならない。


 エシュメノの短槍はソーシャの角だ。

 鋼で何重にも覆われた鷹鴟梟でも貫くはず。

 それが感覚でわかるのか、エシュメノの攻撃だけは徹底的に避け、反撃を繰り出した。



「しネい!」

「くぁ!」


 決め手に欠く。

 いや、エシュメノだから防げている。かろうじて。

 ソーシャの戦いを目にしたことがあった。生き物として頂点を極めた動き。あれを知っているから。



 短槍の柄で鷹鴟梟の爪蹴りを受け、吹き飛ばされるエシュメノ。

 その横からミアデが鷹鴟梟を蹴り飛ばし、蹴ったついでに自分も距離を取る。



「極冠の叢雲より、降れ玄翁の冽塊」


 すかさずセサーカが放った猛烈な雹弾を翼で砕き散らした。

 少しずつでも削る。焦ればこちらが死ぬ。


 魔物退治だ。

 強大な魔物を退治する時と同じ。

 生命力の強い魔物と戦う場合、忍耐と集中力が生死を分ける。



 手数はこちらが多い。

 一撃ずつでも加えて体力を奪う。誰かが体勢を崩したら他の誰かが穴を埋める。


 エシュメノを軸に。

 決定打となる短槍と、この中では唯一鷹鴟梟とまともに戦うに足る力がある。

 それでも及ばないが、それを助けるのがセサーカ達の役割。



「コうるサい」


 攻めきれないことに焦れたのは鷹鴟梟。

 人間の性分を残しているから。


「オマエが!」


 攻めを組み立てた。

 エシュメノとミアデを左右に弾き飛ばしたところで、合間に魔法をぶつけるセサーカを先に片付けようと。



 ――間に合わない。


 爪が、音よりも速く視界に迫った。

 左足で地面を蹴り、右足の爪でセサーカの頭を砕こうと。

 防げない。避けられない。


 頭を貫かれて死ぬ。


 その未来が目に映るが、仕方がない。

 最愛のアヴィにこの場を任されたのだ。なら、この爪を受けてでも鷹鴟梟の動きを止め、皆が止めを刺せるように。



 ――セサーカ! 私の代わりにここをお願い!


 アヴィは知らないだろう。どれだけその言葉が嬉しかったか。

 共に進むに値すると認めてくれた。



 最初に、初めて会った日に。

 アヴィはセサーカにこう言ったのだ。


 ――貴女には、難しいかもしれない



 人間を殺せと言われ、竦むセサーカの肩を抱いて。アヴィはそう言った。

 忘れない。

 思い出すたびに、自分が共に歩む資格がないと言われているような気がして。


 ただの気遣いだったのかもしれないけれど。

 けれど、セサーカの心に残る忸怩たる思い。悔恨。



 ――私は出来る。ちゃんとアヴィ様の望むように出来る。


 そう示したかった。認めてほしかった。

 この混迷する状況で、紛うことのない難敵との戦いの場を任される。

 嬉しい。


 アヴィの期待に応えられるなら、死んでもいい。

 死んでも役目を果たして、そうしたらきっとアヴィは永遠にセサーカを忘れない。

 ちゃんと出来たと、アヴィの心に永遠に。




「魔物の動きじゃないなら」


 氷糸が貫いた。


「予測できる」


 エシュメノを弾き飛ばした時には予測していたのだろう。

 冷静に。


 前衛のエシュメノ、ミアデより先にセサーカを狙うか。あるいはニーレを狙うか。

 自分を差し置いてセサーカを狙う線に放った。

 これで鷹鴟梟がニーレに襲い掛かっていたらどうするつもりだったのか。自己犠牲のつもりだったのか。



「クァ!?」

「助かりました」


 まあいい。

 誰が犠牲になっても、ならなくても。アヴィの言葉を守れるのなら。

 他に大事なことなんてない。



 足を貫かれ逸れた爪。

 それでも突っ込んでくる鷹鴟梟から身をかわしながら。



「極光の斑列より、鳴れ星振の響叉」


 横から叩きつける。

 近距離で、激震の魔法を。


「ぐぉぁああぁっ!」


 振り払った翼の衝撃波で吹き飛ばされた。

 地面に転がる。長い髪が雪と泥に塗れるがどうでもいい。



「極光の斑列より、鳴れ星振の響叉」


 さらにセサーカを踏み砕こうと迫る鷹鴟梟に、もう一発。

 どれだけ見苦しかろうと、アヴィに頼まれたことを全力で果たすだけ。




「セサーカ!」


 ミアデの叫び声。

 エシュメノと共にセサーカを守ろうと。



 鷹鴟梟パッシオ。

 人間と魔物の混じりもの。

 元は戦士だったのだろう。だからこそ――



「こいつ!?」


 エシュメノの突き出した槍を脇で受けた。

 そのまま捕まえ、振り回してミアデに叩きつける。

 身を切らせてでも片付けようと、覚悟を決めた戦い方。


「うぁ!」

「くぅぅっ!」


 後だったミアデが咄嗟にエシュメノを受け止めるが、まとめて吹き飛ばされた。

 脇を傷つけた紫の短槍が転がる。



「これデおワリだぁ!」


 高笑いのような、勝利の雄叫び。

 やはり魔物らしくない。


 空を飛ぶ魔物のくせに。


 たまたま地面に転がされたセサーカだから見えていたけれど、他は誰も気づいていなかったか。

 まだ止まない吹雪のせいもある。



「弓使いィ!」

「く」


 まだ地面に立っているのはニーレだけ。

 他への止めより先に、鬱陶しい弓使いを殺そうと跳んだ。


 分厚い鋼鉄でも簡単に貫き、強靭な握力でひしゃげさせるだろう鷹鴟梟の爪。

 だけれど。



「よう頑張った!」



 本当に、何というのか。

 格好つける場面だけは見逃さない嗅覚。


 雪の舞う空から飛び降りてきて、金黒の斧槍で鷹鴟梟の爪からニーレを守る。



「ウチが来るまでよう頑張ったの!」


 何となく、そんな気はしていた。

 今ここに助けに来てくれるのなら、多分彼女だろうと。

 爪の一撃を受け止める片腕の女戦士。ウヤルカ。


「ナにィ?」

「けったいな魔物が、ウチの女に好き勝手しよってからに」


 勝手なことを言いながら、鷹鴟梟にも力負けせず押し返す。


「おんどれはぶち殺す」


 身勝手で奔放なウヤルカの変わらぬ姿に、泥塗れで転がりながらもつい口元が緩んでしまった。


 安心する。

 案外、自分も甘える相手を欲しているのだなと。

 苦く嗤った。



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