第六幕 071話 指窓の木漏れ陽



「ようやった、ミアデ」

「大丈夫か?」


 足がじんじんする。けれど頷く。


 簡単に打ち払われ続けたミアデだから、敵の硬さはよくわかった。

 わかったから、それを打ち砕くだけの力を発揮しようと。

 猛烈な回転の力で加速して踵を落とした。



「みんなのお陰……ニーレが動きを牽制してくれたから」

「まともにやっても当たらない相手だった。駆け上がるところを見て、やってくれると思っただけだ」


 どれだけ力を込めても、当たらなければ意味がない。

 鷹鴟梟に警戒されていないミアデだから出来たことでもあるが。


 エシュメノが気を引き、氷を蹴って駆け上がるミアデの位置を悟らせなかった。

 ニーレが動きを牽制して、ウヤルカが注意を引くことで鷹鴟梟の動く線が定まる。

 セサーカの魔法が作った道を駆け登り、上空からユキリンの放った風がさらに後押しを。



「カッコよかったぞ、ミアデ。エシュメノもああゆうのやりたい」

「おお、さっきのはなんじゃ。流星白華ってぇ」


 潰れた鷹鴟梟に、念のためエシュメノが槍を突き刺した。

 完全に死んでいるのを確認しつつ、ミアデの一撃を褒め称えられた。くすぐったい。



「あれは、なんか言った方が強くなる気がして」


 咄嗟に、絶対にこの一撃であの鷹鴟梟を倒さなければと思っただけ。

 全力を込めようと思ったらつい口に出た。意味は大してないけれど、かっこよかったんじゃないだろうか。



 ミアデだって格好いいところを見せたい。

 強くて頼れる戦士になったのだと示したかった。


 セサーカは……ウヤルカが投げた槍を取りに行っているらしい。

 ユキリンもそちらに流れていった。

 セサーカを独りにしないよう、ユキリンなりに配慮してくれたのか。



「魔法だと最後に言うじゃん。絶禍の凍嵐、とか」


 アヴィやセサーカが紡ぐ詠唱は綺麗で、ちょっとした憧れもあった。

 一筋の流れ星のような白い華。流星白華。

 魔法じゃないけれどそんな風に叫んでみたら、もっと力が出るかもしれないとか。


「そうじゃの。ウチら戦士モンじゃと、ばしぃって決めの一言はないけぇ」

「そんな子供っぽい理由だったのか。倒せたからいいんだが」

「ニーレも言うでしょ。響け皎冽、とか」



「言わないが」



 えへへ、と笑いながら言ったら、即座に否定された。

 真顔で。冷えた声で。



「……言うよね。鳴け皎冽、とか」

「言わないが」

「……」



 あれぇ、と。

 ウヤルカを見てみるが、苦笑いを浮かべて首を振る。


「言わないが」

「……そう、だったかも」


 無自覚だったのかもしれない。

 随分と真顔で否定する。

 言ってはいけないことを言ったのかもしれない。



「まあ、ありゃあウチでも恥ずかしい思うてできんわ」

「うそっ! ウヤルカが恥ずかしい!?」


 このウヤルカに羞恥心があったとか。

 信じられない。

 ウヤルカでも恥ずかしくてできないようなことをミアデはやったのか。やってしまったのか。


 悶々としながらミアデの頬が熱くなってくる。

 魔法と違って決め台詞に意味がないなら、確かにちょっと……かなり、恥ずかしいかも。

 そんなミアデの葛藤をよそに、あっけらかんと言ってしまうのがエシュメノだけれど。



「んん? ニーレ、言ってるぞ」

「エシュメノの勘違いだろう」

「ううん、エシュメノは間違えないぞ」

「そんなことはない。誰でも間違いはあるんだ、エシュメノ」


 頑ななニーレの否定を聞いているうちに、斧槍を拾ってきたセサーカが戻ってくる。

 ユキリンも共に。



「……晴れてきたのぅ」


 気を取り直すようなウヤルカの声に空を見上げた。

 ダァバが荒らした空。

 その荒れがあったからか、元々降っていた小雨すらいつの間にか止んで、雲間から夕陽が差し込んでくる。


 戦っている間に夕方になっていたらしい。

 冷え切っていた周囲の気温も少しずつ戻ってきているが、もう秋も深い。

 このまま夜になれば随分と寒い夜になるだろう。


 そういえばウヤルカは、どうやって戦線に復帰したのか。

 片腕のままだけれど、先ほどの戦いぶりを見れば明らかに回復している。

 ニーレの危機に颯爽と現れてくれたのはありがたかったが、再起不能の重体だったはずなのに。



「ウヤルカ、体は――」


 言いかけた。

 そこで、気づく。


 穏やかな木漏れ日の差しかけた空に響く怒号。



「……これは」


 町が、震える。

 怨嗟と、不安と、怒りの声に。



 ミアデ達は知らない。この町が春に魔物に襲われたことなど。

 そして今再び町を襲った災厄。

 明らかに清廊族による攻撃。城門を砕き建物を破壊した騒ぎ。



 人間の力は数だ。

 数の多さは清廊族を圧倒する。


 町の人間にとっては、この町こそが故郷。他に行く場所などない。

 まして町には既に他から逃げ延びてきた難民も多くいた。


 かつてトワが利用した人間の感情。

 追い詰められた人間が集団で暴発し、攻撃性をどこかに向ける行為。暴動。


 この町を守る。

 そんな言葉と共に、狂気が町の人間をまとめ上げた。一定の方向に。


 レカンの町、その西門を襲った清廊族の戦士たち。明確な敵に向けて。

 町に残った兵士や冒険者。それ以外の住民たちもみな。



 ――おぉぉぉ!


 一丸となって、冷気が散りつつあった西門にその熱狂の暴威を差し向けた。



  ※   ※   ※ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る