第六幕 065話 勇者と怯者
人間と清廊族の混じりもの。
女神と呼ばれるものが清廊族の祖だとして、ならばなぜ人を愛するような言い伝えを残したのだろうか。
疑問だった。
呪術は女神の力。
女神は世界を呪った。呪う力を人に残した。
魔神はそんな女神に反し、相争った。
女神は作りたかったのではないか。
清廊族と人間との間に。
雌雄のない生き物が
混じりものをつくるようになってから、そんな結論に至った。
それを作れれば、そこに至ることができれば、ダァバは神をも超えられる。
女神でさえ成し得なかったことを。
ただ力があればできることではない。生命の創造主になるというのは、ダァバが目指すところとしては面白い。
遺伝子、染色体などの違いなのか。もっと別の問題なのか。
この世界でダァバだけが持つ知識、技術を突き詰めればいずれ届く。
ふと思う。
万能幹細胞のような胚を持つ特異体質の者がいるかもしれない。
何にでも融合し増殖するような。拒絶反応を起こさない性質。
細胞分裂を繰り返し劣化しない。完全なテロメア。
そういった体質のものを取り込むことが出来れば、ダァバは永遠になれるのではないか。
濁塑滔がそれかと思ったが、違う。
違ったのかどうなのか、濁塑滔はダァバの肉体に完全に融合していない。定着していない。足りないものがある。
完全になる為に必要な血肉。
より純粋な清廊族の幼子の血があれば可能かと考えた。自分に近い血の方がよいのでは、とも。
しかし、もっと確実な成功例が見つかった。
偶然の産物。
人間と清廊族の血を引く存在。
偶然ではない。
今日ここでそれが見つかったのは、偶然ではない。
まさに世界が、ダァバに神に至れともたらした恩恵。豊穣。
「僕は勇者だからね」
それを、なんだ。
たかが人間の勇者ごときが、邪魔をするなど。
「お前は」
「アルジ!」
無様に地面に落とされたパッシオから発された声は、ダァバの動きを制するほど切迫している。
「ソやつ、なみデハありませヌ!」
「……」
そうだ。今パッシオは叩き落とされた。
大英雄相手でも互角以上に戦えるはずの鷹鴟梟パッシオが、空中戦で。
勇者などと名乗ったが実力の話ではない。呼称として気に入っているだけか。
その力は大英雄級。ルラバダール国王と同等……あるいは、それ以上。
脅威だ。
信じがたい力を持つ脅威。
しかし、運がない。
「
今のダァバには、何物も脅威に成り得ぬ。
剣でダァバは殺せない。
そして、どれだけの力を持っていようが関係ない。
何者も逆らえぬ力。
制限もある。
隷従と愛奴の呪いには人数制限が。過去に確認していた。指の股と同じ程度まで。
数に理由があるのだとしたら、指を絡めた時の繋いだ数なのかもしれない。
この邪魔者には隷従ではなく、その強大な力を半減させる呪いを与えよう。それで十分に事は足りる。
黒い影が杖から放たれた。
ダァバの邪魔をする若者……勇者シフィークとやらを飲み込む――
「はあっ!」
「な」
影が走るような速さに反応したことを驚いたわけではない。
勇者の剣が一閃すると、影が霧散した。
「……んだ、と?」
「アルジ……こやつは」
ダァバとパッシオが並び、勇者と対峙する。
やや離れた場所の清廊族の女どもと、後方に転がるトワ。
既に豆粒のように北の空に飛び去る翔翼馬。
「覇者……だとでも?」
「そういう呪術を使うやつはあまり見たことがないね」
当たり前だ。
呪術の真髄を極め、女神の遺物を持った呪術師だけが出来る詠唱による呪い。
ダァバの他にはガヌーザしかいないはず。
しかし、呪いを切り裂くなど。
それこそ見たことがない。
「神に並ぶ力を持つ覇者級。呪いも切り裂くなんて」
「ああ、それで首輪も取れたのか」
何の冗談なのか、首を気にする素振りを見せて笑った。
ひどく清々しい笑顔。
「ちょうどここで~
先ほどガヌーザも言っていたが、ここに灼爛がいたとか。
それを倒した時に得た力で、英雄の枠すら超える覇者の次元に立った。
いちいち、ダァバの邪魔をしてくれる。
頭痛。
ガヌーザの残した痛みが頭を叩く。
ただでさえ相性の悪い翳る瞳孔を使うせいで目の奥が痛い。最悪な気分だ。
「とりあえず、僕は君らには用がない」
ふ、と。
北に顔を向ける。
「また見失ったら、今度は見つけられないかもしれないからね」
そうだ。優先順位はこの青年との勝負ではない。
相手からしても、ダァバ達と戦うことが目的ではない。
この勇者は清廊族の女どもとは違う。
「?」
清廊族の女ども。
その中の中心的な女――先日ダァバに痛手を負わせた女が、縮こまって震えている。
がたがたと。寒さに堪えるように。
パニケヤの面影を残す少女と、艶やかな黒髪の女がそれを支えるように左右に寄り添っていた。
「ああ、
ちらりと、勇者シフィークが震える女に目をやった。
思い出したように頷いて。
「ちょうどいい。僕はマルセナを追うから、お前はこの呪術師の相手をしておいてくれ」
この呪術師、とは。
もちろんダァバのことだろう。それだけ言い残して、背を向けた。
「任せたよ」
なんだ。
人間の勇者が、清廊族に後を任せる言葉などを。
出遅れてしまった。
翔翼馬を追って駆け出した青年に、出遅れる。
その速度も尋常ではない。北に向かい、あっという間に背中が小さくなった。
「ちっ、僕らも追うぞ! パッシオ!」
異常なことが重なり、居合わせた誰もが判断に迷っていた。
その中であの勇者だけが自分の目的に向かう。
「こいつらは後だ、すぐに――」
「チぃイ!」
パッシオの翼なら、あの勇者より速い。
駆け出したダァバを掴もうとしたパッシオに、我に返った弓使いが放つ。氷の糸矢。
あれは氷弓皎冽だったか。クジャの宝物。
「ジャまを!」
ばっと身を翻し、改めてダァバに向かおうとしたパッシオに向けて、
「冷厳たる大地より、奔れ永刹の氷獄!」
「ぶエッ!?」
氷の壁が立ちふさがった。
ダァバとパッシオの間に一瞬で立ち上がったそれにまともにぶつかるパッシオ。
砕けた氷壁だが、さすがに顔面に受けた衝撃にふらつき、地面に落ちた。
「行かせません」
どいつもこいつも、いちいち邪魔をする。
優先順位は、あの完全な融合体。あれの血肉を得ること。
逃げられては厄介だ。ダァバはそれを追うとして、こうもいちいち邪魔が入るのは鬱陶しい。
呪術を……こいつらは、以前にダァバの呪術を弾き返した。
得体が知れない。クジャの長老などから呪術への対抗策を得ているのかもしれない。
近付かせたくない。後回しだ。
「パッシオ、お前はこいつらを片付けておけ!」
「ワかり、マシタ」
不意打ちやら何やらでダメージは受けているが、戦闘能力でパッシオを上回るわけではない。パッシオの動きが悪いのは、連戦に続けて先ほどの勇者の一撃も影響しているようだ。あまり当てにならない。
ダァバは勇者を追う。
パッシオはこいつらを片付ける。
役割はそれでいい。
「もういい。こいつらは皆殺しにしろ!」
「ハ!」
探し物は見つかった。
生物の垣根を越えて融合を可能にするあの女の血肉があればいい。
考えてみればこの連中にもトワにも今さら利用価値はない。存在しても不穏なだけ。
そうだ、最初から殺しておけばよかった。
全知ならぬ我が身を悔やむ。
珍しい清廊族は何かの役に立つかもしれない。見た目も悪くない。
敵対しても大した脅威ではないだろうと、ここまで生かしてしまったが。
取るに足らぬと思ったこの連中が何度もダァバの邪魔をする。
トワのような発見はあったにしろ、それも融合体の成功例が見つかったのなら優先度は低い。
もういらない。一掃してしまえ。
「遠慮はいらない。ここの連中は皆殺しでいい」
「おまかせヲ‼」
ダァバの命を受けたパッシオの声音が奮い立つように響いた。
主命に従うことを喜ぶ色に。
いい拾い物だった。実験体としても成功だったし、忠誠心も悪くない。どうやらダァバに父的に孝心を向けているらしい。
単純で扱いやすい道具だ。
「任せる、パッシオ」
こう言っておけば、全力で命令を遂行するだろう。
奴隷のように、言いつけ通りに。
走り去った勇者シフィークを追うダァバ。
命令を受け空を震わせる雄叫びを上げる鷹鴟梟パッシオ。
そして、また。
勇者の言いつけに
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