第六幕 064話 混じり合う純(きいと)



「清廊族……だったの、ですか」


 声に色がない。

 自分の喉から発せられたとは思えぬほど、渇いた響き。



 思い返す。思い返してみれば、どうだろう。

 マルセナはルゥナにあまり無体な扱いをしなかった。

 イリアやシフィークが何か苛立つ時は、マルセナがさらに引っ掻き回すような発言をしてルゥナを庇ってくれたような。


 気のせいかもしれない。

 彼女も、意識して庇ってくれたわけではなさそうだった。

 無意識に、自然に。



 こんなことがあるのか。

 鮮烈な炎の魔法を使うマルセナが、まさか清廊族だなんて。


 けれど、目の前の光景は間違いなく。

 耳にした詠唱は、清廊族でなければ紡げるはずのない失われた伝承。


 世界を凍らせ、時すら止めるような魔法。

 氷柩。


 イリアの体を包む。

 閉じ込める。

 決してどこにも離さないというように、マルセナの腕の中で。



「清廊族だったのですか……」

「なん……だ……って?」



 誰もが目を奪われた。目を疑った。

 ダァバでさえ、今の今まで戦っていたマルセナが絶対の氷の魔法を使った事実に理解が追い付いていない。


 反撃の魔法が来ると飛びずさったところで、濁った眼を見開いたまま止まる。

 マルセナが紡いだ魔法の通り、周囲の世界の時間が凍り付いたように。




 最初に動いたのは、灰色の娘。

 何が起きたのか。何が敵でどうすべきなのか判断しかねるルゥナ達と、驚き戸惑うダァバとその指示を待つ鷹鴟梟パッシオ。

 それらを差し置いて、自分が落とした魔術杖を拾い。



「静凛の釁隙きんげきに、伏せよ幽朧の馨香きょうこう


 ただでさえ風雪で視界が悪い中、幻覚を作り出す。

 辺り一面に。



「っ!」

「これで、私が――」


 トワが何をしようとしたのか、ルゥナにはわからない。

 もうひとつ、別に落ちていた忌避感を覚える杖を何より優先して拾おうとしていたなど。


 かつてアヴィに呪いをかけた杖。

 捻じれた中心に赤黒い宝珠とも液ともつかぬものが蠢く呪術の杖。

 雪の中に埋もれかけたそれを拾う。



「僕に、命のエネルギーが見える僕に、幻覚なんて効かない」


 ダァバが片手を――右手しかなかった――右手を振り上げ、握った魔術杖を振り下ろした。

 トワに向けて。



「トワ!」

「トワ!」



 叫んだのはルゥナだけではない。

 もうひとつ、反対から男の声。


 ダァバに叩き潰されそうになったトワを、白い呪枷をつけた男が抱きしめて転がった。


「邪魔を、しないで!」


 違う。命を救われた。

 トワが何を思って杖を拾おうとしたのか知らないが、間違いなく今その清廊族の男はトワを救った。


 代わりにダァバが杖を手にしたけれど。

 それまで持っていた魔術杖を捨て、代わりに。




「何か来る!」


 エシュメノが叫ぶ。

 空に向かって。



 ダァバ達の戦いのせいで、小雨が吹雪に変わっている。

 白い凍嵐を切り裂いて、純白の翼が。



「ディニ!」

「Fiie‼」


 氷柩を抱いたマルセナが飛び乗った。決して小さくはないそれを抱え、なりふり構わない様で純白の翔翼馬に飛び乗り。



「イリアが……イリアを!」


 舞い上がる。

 喚きながら空に舞い上がる。



「神洙草……なら、イリアを……っ!」



 神洙草。

 アヴィの母、濁塑滔の命を奪った光る水草。

 確かに存在した。このレカンの北にあった魔境に。



「ディニ! 北へ!」

「パッシオ、それを逃がすな!」



 ダァバが命じる。

 空を飛ぶ純白の翔翼馬。

 それを逃がすなと、鷹鴟梟に。



それ・・だ! それが本物……完全体の混じりもの。人間と清廊族の融合体だ‼」



 ルゥナ達より先に答えを見つけた。


 炎の魔法も、氷雪の魔法も。自在に使いこなす魔法使い。

 人に伝わる伝承も、清廊族の言い伝えのどちらも紡いで十全な力を発揮するのなら、ダァバの見立て通り。


 人間と清廊族。

 両方の血を継いだ生き物。完全な形の混じりもの。



「僕でも完成させられなかった混じりものだ! 殺してもいい、逃がすな‼」

「ショウち!」


 鷹鴟梟が飛ぶ。

 手傷を負っていても主の命を受けたその速度は尋常ではない。こちらの誰よりも速い。


 吹雪の中、羽ばたく純白の翔翼馬にあっという間に追いすがり、追い付き――



「だぁばサマのちにくトなレ!」

「っ!」


 イリアを包む氷柩を抱きしめ身を竦めるマルセナを、翔翼馬ごと叩き落とそうと鋼の翼を振り上げた。




 ――ギン!



 嵐を切り裂くように。

 光が一閃する。


 他の誰かなら切り裂かれていただろう。

 伝説の魔物、鷹鴟梟の混じりものであるパッシオだったから、その一閃を防げた。



「……困るんだよ」


 翔翼馬を叩き落とそうとしたパッシオを、逆に地面に叩き落とした一閃。

 それを放った青年がくるりと地上に降り立ちながら、ぽつりとぼやく。



「僕が頼まれているんだ。あれを殺すのを、友達に」

「な……」

「西門の方で太陽みたいな魔法があったから、てっきりそっち側にいるのかと探し回って遅れたけど」



 レカンの町。

 かつてルゥナがこの町に来た時、前を歩いていた青年。

 それが、後ろから。



「魔物なんかに、友との約束を譲るわけにはいかない」

「シフィーク……」


 わずかに口元が上がった。皮肉気な笑みで。


「僕は勇者だからね」



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