第六幕 063話 焼けた思い出



「……かあ、さま」


 記憶がおかしい。

 呂律もおかしい。


 頭がぐわんぐわんする。



 わたくしの髪と血で作った何かを、拾ってきた同じくらいの子に飲ませて。

 母様が言った。


 ――これが身代わりになるわ。


 それから何かの魔法をわたくしにかけた。

 くちづけといっしょに。




 ――本家が後押しして、ヘズとエトセンが相手。母様でもちょっと大変ね。


 笑っていた。

 最強の母様が大変だって、笑っていた。


 ――貴女は隠れて、ここを離れなさい。


 命令。

 母様の命令が、頭の中でぐわんぐわんと響く。



 ――生きて。強く生きて、マルセナ。


 母様がくれた名前。

 女神の子だって。

 母様に女神さまが授けてくれたのがわたくしだって言うけれど、よくわからない。


 わたくしをわたくしにして下さったのは母様。

 私は女神さまの子供じゃない。

 母様の子供。それがとても誇らしい。



 ――ここを離れて、母様のことは忘れなさい。


 いやだ。

 いやだ。

 母様のことは忘れない。忘れたくない。

 だって他には、暗い穴蔵のことしか覚えていないのだもの。


 ――そうしていつか……貴女も、誰かを愛して。愛されて。


 母様がいい。

 母様だけでいい。



 愛するってなぁに?

 母様がしてくれること?

 わたくしに母様がくれたもののことでしょう?


 他のものなんてわからない。

 他になんてない。


 ――行きなさい。誰にも負けないよう、強く生きて。私のマルセナ。




 山の中から、燃える家を見た。

 小さいけれど、母様といっしょに暮らした家。

 思い出が焼け落ちる。


 頭の中がどんどんおかしくなる。


 忘れなさい。忘れなさい。忘れない。忘れなさい。



 焼いたのは悪い人間。

 えとせんの、きし。

 母様を泣かせて、わたくしと母様の家を焼いた。


 許さない。

 ぜったいにゆるさない。

 ぜったいに、ぜったいに。


 わたくしがもっとつよくなって、さいきょうになって、だれにもまけないくらいつよくなったら。


 ころす。

 ぜんぶころす。

 えとせんのきしはぜんぶころす。みんなころす。みなごろし。



 だけど、わたくしはよわい。

 ほのおのまほうを――みたいにじょうずにできない。


 もっと、もっと、つよくならないと。

 まほう。――がおしえてくれたまほう。もっといっぱい。



 まものをころすとつよくなる。

 って、いってた。


 くらい、あなぐら。あなのそこ。

 まものがわいてくることをしってる。わたくしはしってる。


 ころして、たべる。

 いきて、ころして、たべる。



 ずっと、ずっと。

 かくれていなさいって――がいったから、わたくしはいいつけをまもった。



 もっとつよくならなきゃいけない。

 どうしたら?


 じゅじゅつしがかいたほん。

 ――がよんでくれた、どこかのコウメイなじゅじゅつしがかいたほん。



 濁塑滔。


 くらいあなぐらのそこにいきるまもの。

 それをころしてたべれば、だれよりもつよいちからがてにはいるって。


 どこにいるのだろう。

 どこかにいるのだろう。


 いつかそれをころしたら。

 わたくしも、――みたいにつよくなれるんだ。



 つよくなったら。




 世界を焼き尽くそう。

 悪い人間を、全部殺そう。


 それが――の望みなのだから。



  ※   ※   ※ 


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