第六幕 060話 不等価_2
「母様、だいじょうぶですか?」
小さな手。
言葉もうまくなった。舌足らずなのはまだ小さいのだから仕方がない。
いや、仕方がないのではない。可愛いからこれでいい。
「ええ、大丈夫よ」
心配させてしまったことを反省して微笑みと共に握り返す。
小さな手。
「母様は最強なんだから」
「うん」
返す声は少し元気になったけれど、表情は冴えない。
ぎゅっと、握る力が強くなった。
「どうして……」
「……」
「母様は間違えていないのに、どうして町のひとたちは石を投げるのですか?」
どこに出しても恥ずかしくない淑女であるよう、言葉遣いを正しくさせすぎたかもしれない。
畏まった喋り方。それも可愛い。全部可愛い。
「あれは町の人間ではないわ」
可愛い顔を曇らせた犯人。罪人。
思い出せば腹立たしい。
「流れ者……余所者ね。話の邪魔をするよう頼まれたんでしょう」
「だれに?」
「……さあ、どこかの悪い人に」
可愛い子につまらない話を聞かせるものではない。
話は終わりと抱き上げて、
「久しぶりに町に来たのだから、何か美味しい物を食べましょうか」
「はいっ、母様」
深夜。
報せを受け取り、町の中心街の家に。
「わ、わたしは何も知らない……なにか、間違いが……」
「黙りなさい」
眠る子を抱いた左手で、静かにと指を立てて見せる。
「聞かれたことをただ答えればいいの」
「だ、だから……」
「大声を出したらこの子が起きてしまうわ。そうしたら」
美味しいものを食べて眠っているのだ。起こしたら可哀想。
右手の杖を斜めに傾けて見せると、静かになった。
こくこくと。
「雇ったゴロツキのことはわかっているの。お前が首謀者でないことも」
「う……あ……」
「お、お父さん……」
男の腰にしがみつく少女。
大きさは、この手で抱いている子と同じくらい。もう少し小さいか。
「私の邪魔をするようお前に命じたのは誰?」
「……」
首を振る。
知らない、知らないと。
杖の先端が娘を指しても、いっそう大きく首を振るだけ。本当に知らないのか。
「質問を変えるわ。どこの……エトセンの人間だったのかしら?」
「どこ……違う、ルラバダールの人間じゃなかった」
必死で記憶を辿り、こちらが欲しがっている情報を探そうと。
震える娘を抱き寄せ、今さら自分の判断が間違っていたと思い知りながら。
「船乗り……そうだ、港町の符牒を使う奴だった」
「港……」
心当たりはある。
エトセンとは別口で邪魔をする手があるとすれば、一番順当な答え。
「そう」
「私は頼まれただけなんだ。人を使ってあんたの邪魔をするように。すまなかった、これからはあんたの」
「静かになさいと言ったわ」
答えを出せたと安堵したのだろう。
饒舌に喋り、立ち位置を変えようと訴える。
見知らぬ誰かに協力するのではなく、こちらの役に立つから。だから?
「……その子はいくつ?」
「あ……ああ、七歳だ」
声が和らぐ。
子供のことを気にかけた女の様子に、命拾いしたと。
「あんたも親なら……子供の為だったんだ。わかってくれ」
「?」
不思議なことを言う。
奇妙な、珍妙な。
同じ親なら気持ちがわかる?
それはおかしい。
それはそれは、たいそうおかしい。
だってお前。お前はつい今の今まで、この子を同じ子供だなんて思っていなかっただろうに。
同じではない。
平等でもない。
命の価値だってまともに認めていなかったくせに、同じ親だから?
「それは、それは」
本当に、なんと言うべきなのだろうか。
笑みを浮かべて言葉を探してしまった。
だらしなく、情けなく、卑屈な笑顔を返す男に。
「悪趣味な悲劇ね」
命を平等に扱おうとしなかったのはお前たちじゃないか。
だから私も、命につける値段は違ったっていい。
※ ※ ※
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