第六幕 059話 不等価_1



 ウィルバノは冒険者だ。

 長く冒険者などやっていれば、中には他人に言えない汚い仕事もあった。


 才能に秀でていたわけではない。

 ただ長く続けてきた結果は形になって現れる。

 およそ人の限界と言われる力を得るまでになってみて。


 空しさを感じる。

 若い頃から共に冒険者をやっていた連中の多くは死んだか引退したか。

 途中、妻としてウィルバノの子を産んでくれた女も、こちらは冒険とは無関係に病で死んだ。



 今さら強くなったと、誰が祝うわけでもない。

 まだ四つにもならない息子にはよくわからないだろう。

 そんなことより母のいない寂しさの方が強いはず。


 今日も、かつての冒険者仲間に預けて出てきた。

 息子にどんな顔を見せればいいのかわからない。どんな背中を見せればいいのか。



 そればかりでもない。

 汚い仕事。

 中でもとびっきりに気分の悪い話で、だからこそ実入りの良い仕事。つまり最悪な類。




「ウィルバノ殿は魔物にすら気配を感じさせないとか」

「場合にもよる」

「そうでしょう。正面の注意はこちらで引きます。モデストと、左右にも伏せて……察知されるのも承知の上で」


 モデスト。

 密室に入る前、表で警備として立っていた若者か。


 白く巨大な武器を手にしていた。

 剣というには刃がなく、槍というには穂先が丸い。鈍器や筒のような肉厚な武具。

 

「あいつは強そうだ」

「まだ若いですが実力は間違いなく。伏せる者も同等です」

「その辺は信用しているさ。あんたらも本気だってな」



 最悪な仕事。

 他人に――我が子に語れるような仕事ではない。仕事と呼ぶのも悍ましい。


「ここで今さら断るって言えるわけもねえんだろ」

「言うのは自由ですが」

「……言わねえよ。俺にも子供がいるんでな」


 踏み込んだが最後、後には退けない。

 汚い仕事というのはそういうものだ。



「英雄退治なんて無茶に付き合わされるんじゃなけりゃいい」

「あなたへの依頼はあくまで、ただの魔物退治・・・・です」


 こんな段取りまでして、何がただの魔物だ。



「そんな目で言うことじゃあねえよ」

「……」

「わかった。ただの魔物くらいならやるさ」


 憎しみに満ちた瞳。

 依頼者の女の目の色は、何が何でもその魔物を殺すという憎悪に溢れている。


 ウィルバノより明らかに年上の女が、親の仇のことでも語るように魔物退治を依頼する。こんなに大仰に、これほど密かに。




「そうしてもらえたら助かります。遅咲きのマダラスミレ殿」

「怒らせるつもりはなかったさ。あんた――」


 わざわざ皮肉めいた呼び方をされて肩を竦めた。

 華やかな栄光を得るには遅い年齢。目が怖いと言ったウィルバノに対して苛立ちを口にする。


「あんた……子供はいるのか?」

「……ええ」


 表情を曇らせ、視線を斜め下に落とす。


「あなたのような才能はありませんが、一人。もうじき孫も」

「……そうか」



 子供がいて、孫まで産まれる。

 だというのに、こんな依頼を出来るものなのか。どれだけの恨みがあるのか知らないが。


「おっかねえなぁ、組織ってのは」

「逆らわないことです。どれだけ強いとしても」

「わかったよ」


 ウィルバノの息子は才能がある。

 いずれウィルバノを越えるだろう。

 だが、個人で大きな組織に逆らうような馬鹿はさせないようにしよう。



「俺は俺の仕事をする。そっちはそっちの目的を果たせばいい」

「決して」


 釘を刺される。


「見かけに騙されてはいけません。どのように見えても、あれは魔物。魔性の子です」

「魔性、ね」

「迷わず殺しなさい。それだけでいい」



  ※   ※   ※ 

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