第六幕 049話 呪術小戦_1
大した男だ。
心からそう思う。ダァバでさえ。
清廊族の男に強者がいないでもないが、せいぜいが勇者級止まり。
防戦気味とはいえ、英雄級さえ圧倒する今のパッシオの相手になるような男がいるとは。ダァバを驚かせる。
昔の自分に比肩するのではないか。
「大した奴だね、ほんとに」
戦うその男の姿を目にして、珍しく素直に驚嘆と称賛の息が漏れた。
おそらく清廊族最強の男。
それを奴隷にしてダァバに向かってくるとは、ガヌーザを見誤っていたか。
ガヌーザはあまり物事に執着する性質ではない。
勝ち負けなどに拘ることがなく、ただ自分の興味の向くままに生きるタイプの男だと見ていた。
「それで、お前はどうするんだい?」
「かんしゃをいう……いわね、ば、と」
わざわざ師と呼び掛けてきたのはそんな理由なのか。
白々しい。
そんな殊勝な男ではない。拾った頃からそうだったが。
「よも、や……わが望みにつづ、く……みちがあろうとは」
「ここで潰えるだろうけど、お前の望みはなんだい?」
訊ねてみる。
戯れに、ではない。慎重にもなる。
ダァバにとって最も警戒すべき相手が目の前にいるのだから。
警戒すべき物――
捻じれた枯れ木のような杖。ぐるりとうねる先端の中心には、赤黒い宝珠のような、しかし液状のような。
赤黒いそれが記憶にあるより輝いて見えるのは、ガヌーザがそれを使いこなしているからか。杖の方がガヌーザを選んだとでも。
ガヌーザ。
名前は、なんだったか。拾った頃に見かけた手配書か何かから着けたのだと思う。
何も持たない。名前すら失った幼児だった。
枯れ果てた草むらで死んだように倒れていたところをダァバが見つけた。
もう三十数年前になる。
ぶつぶつと口の中で転がしていた言葉が耳に入った。
嘆き、怨嗟の言葉を呟いているのかと思った。
しかし違う。
救われぬ世界に対する女神への愛の言葉を繰り返していた。
死の淵を彷徨っていたからなのか、それがひどく呪術の真髄に近く。
興味を抱いた。だから拾った。
拾ってみて確信する。
呪術師の才というより、呪術に愛された人間だと。
不世出の呪術師。
学ぶとか極めるなどという必要はない。
ガヌーザこそが呪術そのもの。
妬ましく思った。
恐ろしく思った。
殺そうとして、その気配を察したのかガヌーザが消えた。
いつもそうするように、ぬるりと抜け出して。後にカナンラダに渡ったと知る。
蔵に放置していた
使い道がないとみて、ただ捨てるのも惜しく置いていた女神の遺物。
その頃には
ダァバは強い。
英雄級を超える身体能力と、やはり英雄級を超える魔法を扱う。
その上で呪術も修めた。道具を失い今は使えないが。
さらに飽き足りず、慢心せず、
絶対的な力を手にしたはず。
そのダァバでも警戒させられるのは、呪術の才だけならガヌーザの方が上回るからだ。
呪術は直接戦闘に使うには不向きだが、ガヌーザはそれすら使いこなす。
野心や拘りのない男だと思っていたそれが、戦う手駒を用意してダァバを待ち構えていた。
警戒せざるを得ない。目的を聞いてみたい。
「僕を裏切ってまで叶えたかったお前の望みって、どんなことなのさ?」
「ひ、ひゃ……うらぎりとは、はて……さて」
腹を立てても仕方がない。こういう男だ。
「もとよ、り……師も我も異なる、もの。うらぎるほどちかく、なし」
「まあそうか」
納得させられてしまった。
元々、信頼関係があったわけではない。親愛の気持ちなども。
ダァバがガヌーザを殺そうと考えたことも、ガヌーザがダァバの不用品を持ち出し逃げたことも、裏切りと呼ぶに値しない。
そう。昔からガヌーザは、こんなようでいながら真実を言い当てる。
呪術師は誰もが言葉を選ばない性格だが、その中でも特に面白い男だった。
「花を――」
真っ直ぐにガヌーザの目を見たのは久しぶりだ。
初めてだったかもしれない。
「花がみだれ、咲く……庭を」
「昔からそんなことを言っていたね」
「花は……花だけで咲けばよい。我が女神はそれを叶えよう、と」
要領を得ない。
ガヌーザは紛れもなく狂人で、嘘ではないのだろう。
頭がイカれていて行動原理が理解できないだけだ。
「よくわからないけど、その為なら死んでもいいってことかい?」
「ひ、ひゃ……まさに、まさにその為、ゆえ」
さも愉快そうな返答。
やはり虚偽ではない。ダァバを前にして死を覚悟しているというか、受け入れているのか。
理解は出来ないが、死ぬつもりだと言うのならそれでいい。
「じゃあさっさと死んで、それを返してもらうよ」
何かしら勝つ算段でもあるのかと思ったが、ただの開き直りだったらしい。
これ以上の問答は不要だ。ならばもう用はない。
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