第六幕 046話 金銀砂子
――協力とは?
自分の口から出た言葉に己の正気を疑う。
何を言っているのだろう。人間と協力なんてできるわけがない。
そう思う反面、なぜだか受け入れられる気がした。
金髪の少女がトワを見上げる瞳。
雨に濡れるせいでやけに物悲しく見える。
護衛らしい女の方は、トワに対して警戒と困惑の表情だが。
「マルセナ、こいつは」
「イリア」
名を知ったところで意味などない。
ああ、でもこの人間どもはルゥナを奴隷としていた女たち。
少しは心に引っ掛かる部分もある。
隷従の呪いで、ルゥナになんでもさせられたはず。
羨ましい。
かつて彼女らに追われた時、ルゥナは強い敵意を見せていた。どんな関係だったのだろう。
この女たちをトワが捕らえたら、ルゥナは喜ぶだろうか。
過去の仕打ちに対しての復讐が出来る。
受けた以上の辱めを与えることも。
褒めてもらえるだろうか。
そんな欲が出たのだろう。だからつい協力などと言ってしまった。
決して、本気で、こんな連中と繋がるつもりなどない。あるはずがない。
どれだけトワを見つめる瞳を心地よく錯覚したとしても。
「……どうします?」
時間はない。
牧場主ゼッテスの屋敷にいるだろうトワの異母姉妹たちをどうにかしなければならない。
どうにか。
ガヌーザを探さなければならない。
あれが持っている歪な杖。うねる枯れ枝の中に赤黒い液体のような宝玉が埋め込まれた杖を。
清廊族のダァバでも――トワでも、呪術を可能にする道具。女神の遺物。
色々とよかった。
ネネランが物覚えの良い馬鹿で良かった。
魔法や道具の研究として情報を交わしながら、ネネランからトワの見ていないものを教えてもらっている。
怨魔石を扱った大長老の術もそう。
サジュでの戦いの中、アヴィやエシュメノに向けられたダァバの呪術のことも。
トワはちゃんと聞いている。どこで役に立つかわからないけれど、必要になった時の為に。
「あの時の包丁娘だけど、マルセナ?」
「敵ではありませんわ、イリア」
やけにはっきりと断定された。
不愉快。
トワの何がわかると言うのか。
「ですが……とても息苦しそう」
不愉快。
トワは自由だ。何も苦しいことなどない。
知ったような口を利かれて苛立ちが増した。
「すぐにダァバとパッシオが来ます。協力できないでも、私の邪魔を――」
――ドゥン……
低い音が響く。
町の西門の方角から。
大きな衝撃があったのだろう。もう追い付いてきたか。
「時間切れで――」
「この気配は……ガヌーザですわ。イリア!」
「っ!?」
しまった。
ガヌーザはやはりこの町にいた。
先にダァバ達に接触されてしまったのか。
「いくらあいつでも、鷹鴟梟とあの男相手じゃ」
「行きましょう!」
「?」
この女ども、ガヌーザと知り合いだったのか。
ここにいると知っていて、合流してダァバ達を倒すつもりだったのか。
なるほど、トワの手を取る必要はなかった。
「ディニ! あんたは――」
駆け出しながら声をかけていく。
路地の陰にいた白い翔翼馬に。
「離れてなさい! 死んじゃうから!」
愛馬とかそういうものだろう。
人間は時折家畜にさえこんな気遣いを見せるくせに、清廊族に対してそれはない。
家畜と、それ未満。
トワが、ルゥナ以外を見る気持ちと似ているのかも。
何にしろ今はガヌーザだ。
あの杖がダァバの手に渡ってしまったら終わり。
絶対に阻止しなければならない。この女どもと協力するしないを選べる余地はなかった。
「……」
金髪の少女。マルセナ。
何が息苦しいだ。
トワのことなんて知らないだろうに。どれだけ生き苦しいか、知らないくせに。
小雨の中、彼女らの背を追うトワ。
いくらも話したこともないはずのマルセナの声と瞳が、妙な熱を残してなかなか離れてくれなかった。
その熱は、かつてルゥナが月明かりの下でトワに口づけをくれた時に似て。
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