第六幕 044話 魂の色は_2



「町だね」


 見えてきた町。レカンの町。

 奪われた飛行船がまさにそこに墜落していくところが。


 降りようとして操作を誤ったのだろう。着陸の仕方など教えていない。

 見よう見まねでやってみたものの、高度を下げてそのまま制御しきれなくなったか。


 浅はかな行いをした報い。

 このまま見失ったら面倒だったが、これで足を失った。


 あれで死ぬとは思えない。

 腐ってもダァバの血縁。



 女冒険者どもも許しがたいが、優先順位としてはトワか。

 居場所の目星もつくし、ダァバでさえ量りかねる力を有している。他にどんな手管を用意しているか知らないが、ただ力が強いだけの魔法使いより厄介になるかもしれない。



 ――ズガアアアァッ!


 轟音と共に町に飛行船が突っ込む。

 建物を薙ぎ倒しながら、炎を上げて。ダァバの訪れを祝う篝火としてはちょうどいいようにも思うから皮肉だ。



「マズとわヲ」

「ああ、そうだ――」



 ざん。


 凄まじい斬撃が抜けた。



 斬られていただろう。

 こうして追っている間に、トワのせいで振動した頭が治まっていなければ。



「だぁば様!」

「今度はなんだ!?」


 斬撃は避けられたが、体勢を大きく崩したせいでダァバが落ちる。

 大地に足を擦りながら着地するダァバと、羽ばたいて向き直るパッシオ。


 その身それが斬撃のような一撃を放った男。

 くたびれ、痩せた男だ。

 今の勢いでぶつかれば、仮にパッシオを斬れたとしても、己の体も千切れたのではないか。



「ひゃ、ひゃ」


 通り抜けた男と、反対から声を上げた別の男。

 こちらも痩せた……というか、枯れたような。


「……探す手間が省けてよかった、ってところかな」


 ダァバは既にそちらの気配に気づいていたらしい。魔物の感覚を持つパッシオでさえ気づかなかったのに。

 パッシオの背から落とされたことについて負け惜しみのように吐く。




「……ダァバ、と言ったか」

「しかり、しかり」


 斬撃の男が噛み締めるようにダァバの名を繰り返した。

 枯れた男はそれに応じて、ずいぶんと楽しそうに。



「……清廊族の怨敵。裏切り者ダァバ」

「へえ」


 呼ばれたダァバは、苛立ちより関心が勝ったようだ。

 清廊族の剣士。



「僕を知っている清廊族に、恩知らずのガヌーザか」

「アルジ」

「パッシオ、僕はやはり世界に愛されている」


 血の探査は手元にない。

 もう一度やればいいだろうが、その必要はなくなったらしい。



「探していたんだ、ちょうど。君らを」

「まさか意見が合うなど思いもしなかったが」


 剣を収め、低く構える男。

 パッシオをも警戒させる気配。力が強大には感じないが、その殺意の純度が極めて高く毛が逆立つような感覚。



「私もずっと探していた。百年以上、お前を討つ為に」

「ワガアルジニ……」

「……クジャのヤヤニル。今日この時の為に生き恥を晒してきた」


 クジャ。

 ダァバから聞いている。北部にある清廊族最大の町。

 首に残る白い呪枷が、長く虜囚として生きてきたことを物語る。この南部で生き恥を晒して。



「ひゃ、ひゃ!」


 ガヌーザが一際大きく嗤い声を上げた。


「師よ、我が師ダァバよ」

「なんだい? お前のその杖が必要なんだけど」


 ガヌーザが手にする赤黒い宝玉が埋め込まれたぐるりと捻じれた杖。

 ププラルーガ。翳る瞳孔と呼ばれる瞳に纏わる女神の遺物。



「恩は確か、に……」

「驚いたな。僕からそれを盗んでおいて、恩は忘れていなかったのかい?」

「いらぬ……と、申されておった」


 ダァバにとって不用品扱いだったものを持っていっただけ。

 一応の言い分はあるらしい。


「我が望み……を、叶える力、ゆえ」

「本当に勝手な奴だね」

「ひゃ……ひゃひゃ、師に教われり」


 憮然とするダァバと嗤うガヌーザ。

 ダァバの盾になるべきパッシオだがもう一体の敵に気が抜けない。対峙する男の鬼気は尋常ではなかった。



 百年。

 クジャのヤヤニルと名乗った男は、積み重ねた歳月の恨みを今この瞬間に凝縮して臨んでいる。

 腕前以上に、その意志はあまりにも凄烈。

 千年級の魔物に殺意を向けられているよう。



「……」


 覚悟や意志でここまでの域に到達できるのか。

 生物として最強を極めたパッシオを戦慄させるほどの。



「ぬしの、ちから……今、ふるえ。あまさずつかう、が、よい」

「無論だ」



 命令。

 そうか、呪枷を通じて命じている。

 呪枷は受けた者の意思を捻じ曲げて強制する力がある。


 白い呪枷は、清廊族を人間に隷属させる。

 ガヌーザの命令を受けたこのクジャのヤヤニルは、呪枷の呪いも利用して平常では有り得ない力を発揮させていた。


 今この時、この瞬間に。命の全てを燃やして戦えと。



「ヤメヨ」


 色無しの呪枷にはもうひとつ、絶対の力がある。

 人間には逆らえない。

 何があろうと人間を傷つけることは許され――



「っ!?」


 剣が翼を掠めた。

 躱さなければ斬られていた。


「黙れ、魔物」


 ダァバならばわかる。ダァバは清廊族なのだから、呪枷に縛られることなく刃を向けることも出来る。

 しかしパッシオは……?



「……?」

「ダァバに与し、命を侮辱する魔物よ。貴様もここで潰えるがいい」


 そうだったか。


 今さら、今になって気が付いた。

 パッシオはもう、姿だけではなく魂さえも人間ではないのだと。



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