第六幕 043話 魂の色は_1
街道を行く人の姿が多い。
町が近い。
旅人ではない。こういう姿をパッシオは知っている。
戦火から逃げ出す難民。
旅慣れた商人や冒険者などの様子ではなかった。
普通、一般の庶民が旅などしない。住み慣れた町から隣町に行くことさえ珍しい。
大荷物を抱え幼い子を連れて長距離移動など、差し迫った事情でもなければ。
せいぜい近隣の村々程度の移動しかしないはずの人間が、大勢で東を目指して歩く。
領主の命令などでないのなら、戦乱により焼け出されたのだ。
パッシオたちが到着するより前に、エトセンの町は戦争をしていた様子だった。
町から逃れた者がいるのも当然。先に逃げ延びた者もいれば、この後に続く者たちも。力のない人々の群れ。
だが今は邪魔だ。
「ドケエェ!」
パッシオの力に敵う者などいるわけがない。
元の勇者級の力に重ねて伝説の鷹鴟梟の力を得た。人の姿を捨て、今はその力を十全に使える。
ダァバの為にこの力を振るう。
理由はいくつかあるが、最大の理由は自身の内から。
パッシオの中に眠る鷹鴟梟はダァバを憎む気持ちが強かった。
ダァバを怨敵と憎悪する鷹鴟梟と、恩義を感じるパッシオ。
死んだ魔物風情の意思などに支配されてたまるかと。反発心だ。
仮に鷹鴟梟がダァバに強い恨みを示さなければ、パッシオがダァバに疑心を抱いたこともあったのかもしれない。
ダァバに従うことでパッシオは自分の意思を貫く。死んだ魔物は黙って死んでいればいい。
押さえつけるだけの器量があった。そして、己を裏切り続けてきたこの世界への怨嗟の想い。
父の愛人ですらない母と過ごした不遇の幼少期。
ようやく父への復讐の足掛かりを作ったら、その父が消え。
そして育った母国の滅亡。何もかもパッシオの人生は思い通りにならない。
何ひとつ思うことを為せぬまま。
なぜ生まれてきたのか、己の存在意義を見失った。
つまらない世界。
この世界全てがパッシオの生を否定しているかのように。
壊して変える。ダァバに従いその助けとなる。
「ひゃあぁぁっ!」
「魔物!?」
「うわあぁぁ」
薙ぎ払う。
パッシオの翼は力を込めれば鋼よりも硬い。
羽ばたく速さも音を弾き飛ばし、その衝撃だけで逃げ惑う群衆の腹が裂かれ血肉が飛び散った。
「確かに邪魔だね」
背中に乗るダァバも認める。
逃げた女魔法使いどもと、あの小賢しいトワを追わなければならない。
レカンの町に向かったのはわかっている。
トワの不意打ちの魔法は耳元で炸裂した。
威力そのものはパッシオの命を脅かすほどではなかったが、耳から脳を揺らされればさすがに身動きに支障が出る。
耳を澄ませていたことも悪材料。
魔物として鋭い感覚が、余計にパッシオの脳髄に振動を伝えてくれた。
そこに来て翔翼馬に乗った清廊族の部隊。さらに余計な手間を取らされた。
さすがに英雄級の冒険者が全力で逃げを打てば簡単には追い付けない。
飛行船で逃げたトワにしても。忌々しい。
パッシオの失態だ。
油断などしていないつもりで、トワを侮った。
逆らう素振りなど全くなかったのに、大した演技力だとも言える。素であれなのか。
……おかしい。
清廊族とは、そういう騙し討ちなどが得意な性質ではない。
ダァバは別だが、種族として清廊族というのは他者を騙すことに長けていない。ほんのわずかにも顔に出さず平然と演技など出来るものなのか。
警戒を弱めたダァバも同じように考えたのだろう。
トワは清廊族の娘。
まるで老練な商売人のように、腹の底に嘘や本音を隠して振舞えるわけがない。
人間との関りが多ければそれを真似ることもあるかもしれないが、トワの首に呪枷の痕はなかった。
ダァバに孫と言われても懐疑的な素振りがなかった。気持ちが悪いほど純朴な清廊族らしい気質だと思ったが、間違っていた。
あれはやはりダァバの血縁。
清廊族の中では異端な存在だったのか。
「
ダァバが魔法を放つ。
小雨の中、逃げ惑う群衆に向けて。
戯れだったのか、それとも八つ当たりだったか。
ただの小雨。
そこにダァバの魔法が重なれば、瞬く間に目鼻が凍り指が落ちるほどの極悪な吹雪に変わる。
「あ、ぁ……おっかあ……」
「ううぅ、さ、さぶ……」
「ふ、が」
凍死。窒息死。あるいは体の重要な器官が凍り死ぬ。
氷の墓場。
「……さあ、急ごうか」
「オオセノママ」
辺りが静まり返った。
死の世界。これはいい。
誰もが等しく死ぬ。冷たい世界。
ダァバを煩わせれば死ぬのだから、実に平等でわかりやすい。
せっかくダァバが興味を示し妻にとまで言ってやったのに、愚かにも逆らい逃げた女ども。
ダァバの血縁だからと話し相手に生かしてやれば、その恩を裏切り砂をかけて逃げたトワ。
どちらも死ぬべきだ。殺さねばならない。
群衆に紛れているかもしれない。
だから無差別に殺した。
そんな言い訳じみた考えも浮かぶ。
馬鹿げている。誰に対しての言い訳か。
パッシオ自身にも自覚はなかった。
身勝手に他者の人生を力でねじ伏せることが、自分が嫌悪した父親と似ていると感じたことなど。
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