第六幕 042話 絶防の号_2



 叩き落とされるそれの勢いは、オルガーラの力を大きく超える。

 防ぎきれない。


 ばらばらだった力を束ね、邪魔をするオルガーラ達を叩き潰そうと。

 見上げ、大楯を構える。けれど。


 だめだとわかった。

 これを受ければ死ぬ。



 ――避ければ。


 オルガーラは助かるかもしれない。

 けれどティアッテは、この足では逃げきれない。踏みしめることは出来ても。


 後ろにいる長老や大長老、他の清廊族たちも。


 死ぬ。

 皆死ぬ。

 同胞たる清廊族が。



「う、ああぁぁぁぁっ!」


 氷乙女、絶防のオルガーラ。

 清廊族を守る為に生まれ育った。

 そのことを疑ったことはない。その使命を裏切ったことなど、ただの一度もない。



 オルガーラは咄嗟に慣れない行動を取れる器用さがない。臨機応変に対応など出来ない。けれど、それでも。

 守らなければならない。清廊族を。


 強迫観念。

 ある種の呪いのように染みついた行動理念。


 これでオルガーラが潰されれば結局は同じ末路だとしても、追い詰められた時に出来ることはいつも通り。

 敵の攻撃を大楯で防ぐ。

 それしか出来ない。他にどうすればいいかわからない。




「べええぇぇぇっ‼」


 叩き落とされた。

 山のような巨体が掲げた大槍。

 無数の人間の手足が蔦のように絡まったそれが、遥か頭上から。



「単純で助かりましたね」


 耳元にティアッテの吐息。


 ああ、安心する。

 オルガーラが唯一背中を任せられる相手。彼女と一緒なら。


「本当じゃの」


 生意気だけれど、確かに並んで戦うに足る力を得た女。

 横からオルガーラの大楯に斧槍を添えて。



「気を張りなさい!」

「ウチらが!」

「絶対に――」


 オルガーラの背中と横から共に支え合い。


「清廊族を守る‼」



 絶防のオルガーラ。

 生まれた時からずっと清廊族を守ることだけが生きる意味。

 失わせない。それだけはオルガーラの誇りだから。



「「あああぁ!」」



 氷乙女三柱の力が重ねれば、出来ないことなどなかった。

 オルガーラの白い大楯に、山でも叩きつけたのかという衝撃が襲ってきても。

 足元の地面が陥没し、地割れが走っても。



「ぬううぅぅああああぁっ‼」


 砕け散った。

 先ほどティアッテの槍が砕けたように。


 化け物の力を集めた、天を貫く大槍が。

 砕け散り、その衝撃が大地と空に凄まじい風を輪のように広げた。

 上空の雲まで散っていって、青い空が溢れる。



 光が差し込む。

 雨が晴れて、日差しが濡れた大地を照らした。


 へたり込む氷乙女たちにも陽光が。秋の空から差し込む木漏れ日が。




「よくやりました、オルガーラ。ティアッテ、ウヤルカも」

「私の言う通り力を合わせましたね」


 後ろから駆けてきた長老たちの言葉。

 答えるだけの余力がない。



「後は私が――」

「パニケヤ!」


 呻き、蠢く化け物に近付こうとして。

 まだ化け物は力を失っていなかった。


 悪足掻きのように伸ばした手は二本。

 その片方をカチナが剣で受けるが、大きく仰け反らされた。


「おばあさま!」

「くっ」



 さらにもう一本が、パニケヤを貫こうと。



「娘らばっかりにええカッコさせちょられんわ!」

「だなぁ!」



 清廊族の戦士たちが、最後に大長老を守るのは自分たちだと。

 体ごと盾で受け止めた男は、力負けして吹っ飛ぶ。

 しかし勢いが弱まった腕を別の女戦士が断ち切った。



「ははっ、ウチかてまだまだやるじゃろうが」

「か……かあちゃ……ん?」


 オルガーラと共にへたりこんでいたウヤルカが、その女戦士を見て気の抜けた声を出す。

 母親だったのか。

 ウヤルカの母ならば、それもまた一角ひとかどの戦士で不思議はない。



「ありがとう、皆」


 大長老パニケヤが、化け物の前に立つ。

 苦しみの声に呻く巨体に、慈しみの言葉をかけるように。



 空から差し込む秋の窈窕ようちょうも、憂いと優しさを合わせて化け物を照らした。


 嘆き惑う憐れな命に、せめてもの安らぎを。

 この化け物の中にも清廊族の命が取り込まれている。オルガーラが本来守らねばならなかったもの。




三津気みつき耳順じじゅん。月満つる涙泉るせんより、解け姉糸の



 オルガーラは物覚えが良い方ではない。

 クジャでカチナの教育を受けていた頃、魔法の適性の確認を兼ねて様々な伝承を聞かされた。

 興味がないことは、ほとんど覚えていないけれど。


 パニケヤの紡いだ魔法を聞いて古い記憶が呼び起こされる。


 姉神の心に絡み思い煩わせる麻糸。

 三つの魂が重なり、泉に涙と月光が満ちる時、それは解かれるのだとか。そんな言い伝えだったと思う。



 秋の木漏れ日の下で。

 ひどく荒れ果てひび割れた大地に、もう巨体はどこにも残っていなかった。

 光の中に散るように消え去った。



 小さな二つの亡骸。

 清廊族の少年だけを残して。

 それと、白い三つの魔石が最後に崩れ去った。


「……何か縁のある魂だったのでしょう。元になった者の」

「……」


 大長老の呟きは何の色を含んでいたのか。

 オルガーラにはわからない。考えるのは苦手だ。


 大長老はその魔石の力を使って呪いを解いた。

 それだけわかればいい。



「……よく頑張りました。オルガーラ」

「は」


 カチナから労わりの言葉をもらう。

 珍しい。というか初めてのような気がする。


 空を見上げる。

 戦いの衝撃で晴れた空に、雪鱗舞が舞っていた。

 勝利を喜ぶのか。

 あるいは、多くの死を寂しむのかも。



「ボクは……」


 為しただろうか。

 使命を果たしたと言えるだろうか。


「清廊族を守るのは、ボクの……」

「……」

「ボクの、役目だもの」


 そうだ。

 里の皆にもカチナにもそう言われて育ってきた。


 その使命を裏切ったことなど、ただの一度だってない・・・・・・・・・・



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