第六幕 041話 絶防の号_1



 ――お前は清廊族を守る為に生まれてきた。


 親にとっては誇りだったのだろう。

 小さな寒村に生まれた子が、幼い頃から群を抜いた力を示して。


 清廊族の守り手。

 氷乙女の資質を有する者。

 過去にない苦難の中にある今の清廊族にとって、最高の栄誉に違いない。


 ――清廊族を守るのがお前の役目だ。


 幼い頃からそう言い聞かされたのだ。疑問などない。

 実際に、物心つく頃には村の誰よりも強く、そんな自分を村の者は褒め称えてくれた。素直に嬉しかった。

 だから当たり前のことで、決して変わらない自分の役目。


 その想いを裏切るなんて、考えたこともない。



  ※   ※   ※ 



 ウヤルカが空を蹴り、猛烈な勢いのまま敵の手足を斧槍で切り払った。

 続けて化け物を大地に繋ぎとめたティアッテは、叩き込んだ反動で飛び退きながら迫る手足を素手で払う。



「うげ、ティア……」


 オルガーラは思わず呻いてしまった。

 随分と元気そうだ。相変わらず足はないのに。


「……あんなの持ってきちゃって」


 ティアッテが使った金属製の台座を見て、嫌なことを思い出す。

 サジュでオルガーラを繋いでいた拘束具だった。


 ティアッテは戦い続ける為に丈夫な武具を好む。

 あれはとても武器とは呼べないけれど、大戦斧の代わりにとりあえずあった物を持ってきたのか。



 無茶苦茶だ。

 そういえば戦場でも、人間の死体を武器代わりに投げつけていたこともあった。

 猛速で投げつけられた死体が敵兵の群れを薙ぎ倒し、また人間の死体を作る。


 使えるものは何でも使う。

 ティアッテはよく言っていた。それ自体はオルガーラもわかるが、咄嗟にそれらを武器にしようという発想はオルガーラには難しい。


 使い慣れた大楯と鎌。

 盾で突っ込み、鎌で切り裂く。オルガーラにはそのやり方が合っている。

 急に変化をしようとしても、思い描いたようにまとまらない。


 よくティアッテには呆れられた。

 余計なことは考えなくていい。オルガーラの癖を理解して、うまく噛み合っていたと思う。




「ティア!」


 呼びかけた。振り向きはしないが、聞こえていると肩で応じたように思う。


「だいちょーろうが! 近付きたいって!」

「武器と、私の足に氷を!」


 片足のティアッテ。

 残っている足を大地に突き立てて、伸びてくる敵の手を叩き払ってはいるが。さすがに身動きが取れない。


「私が」


 声を上げたのは長老の娘。孫娘だったか。

 オルガーラがクジャにいた頃、いくらか話したことがある。リィラ。



波面凍はもい眇然びょうぜんの銀盤に、形為せ霧児きりご遊像あそびぞう


 冬の朝に、地面の水溜まりに手の平ほどの小さな子供を模した像のような氷像が出来ていることがある。

 誰が作ったのとも知れず、踊るような氷像。それは大地の遊びだとも言われる不思議な現象。



 ティアッテの足元に杖――さっきは棍棒として使っていた分厚い物――を向けて、リィラが紡いだ。

 きらりと輝くように白い息吹がティアッテに絡みつき、次の瞬間には氷の足になっていた。


「十分です」

「これを!」


 続けて投げられたのは、人間が落としていった武器だ。

 一本の槍を、やはり振り向かずに受け取ってそのまま敵に叩きつけた。


「弱い!」


 砕け散る。

 伸びてきた手を叩き潰したが槍も砕けた。


 ティアッテの力加減が下手なのではない。

 金属の台座を杭のように撃ちこまれた化け物だが、苦悶の声を上げながら伸ばしてくる手の強さは変わらない。ぶつかれば大木すら軽く粉砕するだろう剛力に対して手加減など出来るはずがない。


 再び投げられたのは剣。受け取ったティアッテが一瞬舌打ちする気配を感じた。

 目の前に迫る無数の手が、雨霰あめあられのように。



「短い」


 長さが短い。

 どうしても体の近くで対応するようになってしまうのだから、降り注ぐような連続攻撃への対応が間に合わない。


「っりゃあぁ!」

「ボクに任せて寝てればいいのに、さ!」


 ティアッテを飲み込もうとした手の群れを、左右で切り払った。

 ウヤルカの斧槍と、オルガーラの鎌で。



「そんな足で前衛なんて!」

「おお、ウチが前出るけぇさがっちょれ」

「誰に口を聞いているのです、貴女達は」


 ティアッテとウヤルカとオルガーラ。

 並び立ち、防ぐ。

 凄まじい猛撃を繰り返す化け物の手を、後ろの長老たちには通さない。



「このまま押し切ります!」

「ウチが前じゃ!」

「あぁもう、どっちもバカだなぁ‼」


 片手の戦士と片足の戦士。

 そんなものよりオルガーラの方が上に決まっているのだから、前に立つのはオルガーラだ。



「だいちょーろぉ! ボクが何とかする!」

「力を合わせなさい、オルガーラ」


 長老カチナからの言葉は、しっかりやれという激励だと思う。

 オルガーラの師だ。今でもそれなりに苦手意識もあった。


「はぁい、わかってるってば!」

「はっ、叱られちょるわ」


 苛立ち。

 一番強いオルガーラに張り合うような生意気を。

 弱っちいくせに。



「ふん、ばぁーか」

「いっちいち腹立つ奴じゃの!」

「どちらも同じです。真剣に――」


 ティアッテも苛立ちの声を上げかけた次の瞬間。



「もびゅああうぇぇえっ!」



 一際気持ち悪い声を空に響かせた。


 寒気が。

 降っていた小雨が吹き飛ぶ。

 雲まで震えた。



 いや、震えたのではない。

 空を覆っていた雲を貫いた。何かの力が。


「ま、ほ――!?」


 違う。

 それまで伸びてきて、雨と共に降り注いでいた手足が消えた。

 雨の雫と共に消え、天まで貫いた。



 実際には天までは届いていない。

 ただ一本の長大な槍のような形を成して、真上に振りかざさされる。槍というよりは巨大な塔のよう。数えきれない手足が絡みついた気持ちの悪い尖塔。


「あ……やば」

「オルガーラ!」


 荒れ狂う暴虐の化け物。手あたり次第に破壊を振り撒いていたその力が、一筋に収束した。



  ※   ※   ※ 

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