第六幕 040話 号を負う戦士



「もっと速く飛べないのですか?」

「あほぬかせ。おんしがそんな重いモン持っていくゆうもんじゃから」


 身勝手な言い分に、腹立ち半分、呆れ半分。

 ユキリンは決して鈍重な魔物ではない。俊敏さが持ち味であり、飛行の速度が遅いわけではない。

 ウヤルカと別に、大荷物を担いだティアッテを乗せていなければ。


「他に私の力に耐えられる武器がなかったのです」

「武器ぃ?」

「その斧槍でも構いませんが」

「どあほう、こいつはウチがやっつけた敵のじゃ。ウチのじゃ」

「ど、あ……?」


 後ろからウヤルカの肩を掴む指に力が入った。

 サジュの守り手として敬意を集めていた彼女は慣れていないのだろうが、知ったことか。

 ウヤルカは思ったことを素直に言うだけ。



「……私だけで十分だったのですが」

「残念、おんしじゃユキリンがゆうこと聞かんわ」

「なら走ります」

「その足で? はっ」


 鼻で笑う。

 片足のないティアッテと、片腕のないウヤルカ。

 その状態だから乗せてやっている。万全なら駆けてもユキリン並に速いかもしれないが。



「貴女が」


 ティアッテの声は冷たい。さらに温度が下がる。


「届けられた秘薬を勝手に飲むからでしょう。私に断りもなく」

「ウチが一番重傷じゃったからの。使いを見つけてきたんもユキリンじゃけぇ」

「戦力を考えれば私が最優先です」

「はあ? ウチが一番に決まっとるじゃろうが」

「……いつから、そのような錯誤を?」



 言い合う。

 空の上、ユキリンの背で言い合う。

 気持ちが急いていて苛立ちが募っていたことも一因だ。



「そもそも、貴女も万全ではないでしょうに」

「おんしがウチの薬を横取りしたからじゃろうが」

「勝手に飲もうとするからです」


 クジャからサジュに、そしてウヤルカ達がいたヘズの町に急ぎ辿り着いた使い。

 ユキリンがそれを見つけ案内してきた。ウヤルカの下へ。


 神洙草の雫。

 万能の秘薬だと言う。クジャに納められていた宝らしい。


 傷ついた戦士の助けに、と聞けば遠慮することもないだろう。

 言い伝えの通り万能の秘薬であれば、まともに動けないウヤルカにこそ必要な薬。

 これで治るのであれば、まだ戦うルゥナ達を助けに行ける。共に戦える。



 迷わず口にした。

 クジャからの使いと聞いたティアッテが、片足を引き摺り駆け付けてきた目の前で。

 薬のことも聞いていたのだと思う。


 躊躇わず飲んだウヤルカ。ティアッテなら、もう少し考えたかもしれないが。

 そこは性格の違い。



 ただ、ウヤルカも見誤っていた。

 ティアッテは冷静沈着だけれど、別に判断が遅いわけではない。




「ウチの口から吸い出しよって……まあ、ああいう強引なんも嫌いじゃないんじゃが」

「やめなさい」


 歯を噛み締める音。

 苦々し気に。


「ミアデが聞いたら誤解します」

「なんが誤解じゃ。口移しで分け合った仲じゃろうが」

「分け合うつもりはなかったでしょう。貴女は」


 万能の秘薬。

 それは確かにウヤルカの全身を襲っていた痛みを癒し、ティアッテに戦う力を戻してくれた。

 分散してしまったせいか、互いの傷の全てを癒すことは出来なかったけれど。



「そうそう、ミアデじゃ」

「……」

「あれもウチに悪戯してほしいゆうとったけぇ、はや行かんと」

「言うはずがないでしょう、ミアデが」


 先ほどと逆に、今度はティアッテが一笑に付す。

 ウヤルカの発言を否定して。


「ウチが適当ずくゆうとるち思うちゃ? はっ」

「……」

「本当じゃけぇ。元気になったらなんでもさせてくれる約束じゃ」

「……なんでも?」

「おお、何でもじゃの」


 そうは言っていなかったかもしれないが、とにかく体を休めろと言っていた。

 つまり、元気になれば約束を果たすということだろう。嘘ではない。



 ウヤルカの態度にティアッテの声がくぐもる。

 まさか本当に、と。


「……許しませんよ」

「なんでじゃ、ミアデがええっちゅうに」

「ウヤルカ、貴女には節度を教えなければならないようですね」


 氷乙女の先達としての教育のつもりか、ただの嫉妬か。

 ミアデのことだと感情的になることは知っていてからかっているのだが。



「ウチにもないんか。懐包のルゥナみたいなん」

「号ですか? なぜ?」

「ウチも立派な氷乙女じゃろ。希望の、とか、絶防のとかああゆうん」

「知りません。いずれ長老に聞きなさい」


 ぶいと素っ気ない。

 気持ちばかりが急いてもユキリンの飛行が速くなるわけではない。

 気を落ち着かせる為に他愛のない会話をしていたが、これまでティアッテとゆっくり話す機会はなかった。


 生まれながらの氷乙女。オルガーラもそうだ。

 ウヤルカやルゥナのように、力を積み重ねて辿り着いた者とは違う。幼い頃から清廊族の守り手としての立場、教育を受けている。



「なんじゃ、ルゥナにはおんしが贈ったゆうじゃろうが」

「ルゥナは良い子ですから」

「ウチもええ子じゃ」

「節度以外にも足りないものがありますね。オルガーラといい勝負ですか」




 話しながら、燻る町の上を越える。

 町から上がる煙は、燃えた後に小雨が降ったせいか。


 戦いの気配もある。町より向こうで。

 兜――これも敵からの戦利品――に備えられた力で、目を凝らすと遠くまでよく見える。

 空を飛ぶウヤルカには特に便利な道具だ。



「おあつらえ向きじゃ」


 町を越えなくても見える。兜のないティアッテでも視認できるほどの巨体。

 人間の手足が生えた化け物。


「……なんという有様ですか」

「ありゃあ悲惨じゃな。姉神も怒るじゃろう」


 生命を侮辱した存在。

 絵描きが世界の悪意を集めて表現しようとすれば、あんな姿になるのかもしれない。


 分別なく全てを欲するように伸びる手と蠢く足。

 ああ、この地を貪り清廊族を踏み躙ってきた人間の成れの果てとも言える。



「ウチが一番じゃと、その目で見て覚えぇ」

「何でも構いませんが、少しは集中なさい」

「構わんことあるか……まあええ」


 にやりと笑ってしまった。

 仲間の危機だというのに、化け物が向かう先に知った顔を見つけて。


 なぜここにと思えば、山を越えてきたのだろう。

 真なる清廊の魔法が消え、ニアミカルムを越えることは可能。

 夏の終わらぬうちに山を越えようと、クジャから出てきた。ならば不思議でもない。



「大長老から、カッコええ号をもらえるじゃろ」

「? パニケヤ様が?」


 さすがにこの距離ではティアッテには判別つかない。

 清廊族らしい集団に襲い掛かろうとしている化け物、という程度にしか。


「ミアデも誰も、清廊族の娘がみぃんなウチに憧れて抱かれにくる。そんな一番カッコええのを、な」

「分別も節度もないのはあれと変わらないでしょうが」

「ウチはあれと違う、カッコええからの!」



 ユキリンの背中を軽く叩いた。

 翼から発する風の魔法で、ウヤルカを飛ばしてもらおうと。


「Quwe!」

「おう!」


 斧槍を持ち直し、立ち上がった。

 ユキリンの背から飛び降り、背中から飛んできた風の塊に乗り、さらに思い切り蹴って。



「ウチが一番じゃけぇ! よう見ときぃや!」



 いつまでもティアッテが気張っていなくてもいい。

 彼女と並び戦う力を持つ者がこうしているのだから。


 直接そんなことは言えず、ただそれを示す為に化け物の正面に跳んだ。

 パニケヤやカチナを守るついでに、生意気なオルガーラにも見せつけてやろうと。


「かあぁっ、ウチかっこええのぉ! 一番じゃろ、ははぁっ!」


 やはり難しいことはどうでもいい。ウヤルカはもっと単純なのだ。

 誰よりカッコよくて強い。

 それが一番大事。



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