第六幕 039話 天嶮より降る希望_2



「っ!?」

「危ない!」



 パニケヤが気を取られた隙に、爪先が飛んできた。

 手だけではなく足もある。

 パニケヤの頭を砕こうとしたそれをカチナが断ち切った。


「くぅ!」

「カチナ!」

「平気です、それより!」


 怒鳴り返された。

 化け物の足を斬ったが、それでも止まらない脛から先の衝撃に負けて腕を大きく弾かれた。肩を痛めただろうに。


「何かに気付いたのでしょう!」

「っ、そうです」


 自分の負傷など気にするなと怒鳴るカチナに、パニケヤも強く返す。

 集中してみればわかる。この距離ならあの化け物の気配が。


 清廊族の中でも共感の力が強いのが氷巫女。他の命やそれに類する気配を感じ取ることについて、パニケヤは世界で最も強い。


 握り締めている二つの娘の体から、怨魔石に近い力。

 他にも体内に取り込んだ似たようなもの。そういった力の込められた何かがある。


 それが僅かにだが、あの化け物の苦痛を和らげようとしている。魔物の遺物に何かの意思が残留するように、人間の死体にも。



「分離できます、あれは」

「どうやって?」

「呪いを解く手法だとか。強大な魔石を三つ重ねて祈りを届ければ」



 化け物が握り締めている娘の死体二つと、既に体内に取り込んでいる一つ。強い気配から感じ取れるものは、家族の絆だろうか。血縁なのかもしれない。


 あの三つの怨魔石のような力を重ね合わせることが出来れば、あの化け物を繋ぎ合わせている呪いの枷を弱めることができるのではないか。


 元々、まともな生き物ではない。

 少しでも枷が弱まれば後は自壊する。きっかけさえあれば。



「もう少し近付ければ――」

「むぅぅりいぃぃ!」



 同時に十ほどの手足を相手にしているオルガーラが喚いた。


「これ以上、ボクでも無理、だ、よっ‼」


 超一流、人間で言えば勇者級や英雄級のような力、速さでぶつかってくる手足だ。

 直線的か、弧を描く軌道で見えやすいから対処できているが、一撃ずつが重すぎる。


 切り落とし、減るのが先か。

 こちらが削り切られるのが先か。



「近づけるわけ、ないっ! じゃん、かぁ!」

「ち」


 再び剣を構えたカチナが舌打ちする。

 やはり肩や筋を痛めていたか。



「パニケヤ、私が……」

「おばあさま!」


 カチナにぶつかりそうになった魔手を横からリィラが打ち払った。

 手足は、力はすさまじいが強度はそこまでではない。リィラが手にしていた棍棒で叩き落とされ、ずるずるっと戻っていく。最初に手にしていた短剣は失くしたのか、拾った武器で臆さず身構える。


「私たちが道を開きます!」

「リィラ……」


 リィラだけではない。武器を手にした戦士たちは誰も逃げようとはしない。


「あのような化け物、この大地に残すわけにはいきません。ここで倒す為に命を張るのはクジャの戦士の務めです」


 成長したリィラの姿にカチナも唇を結ぶ。

 平和なクジャで育ってきたリィラが、責を背負って戦うと示した。


 手が足りない。

 化け物に近付く為に、犠牲を覚悟で進むしかないのなら。

 力の足りない戦士たちでも、その命を使って進む道を作る。リィラの覚悟に言葉を詰まらせる。




「まずいぞ!」

「あいつぅ、まぁだ動けんの!?」


 戦士の男とオルガーラが声を上げた。

 パニケヤが、大地の命の力を借りて貫いた柱。あの化け物でも止められるつもりだったが。

 地鳴りと地割れで、パニケヤが大地から突き刺した氷塔に罅が入っていき、砕け散った。


「っ!」

「うっばああぁぁぁ!」



 解き放たれたと歓喜の声なのか。苦痛の悲鳴なのか。

 飛んでくる手足が一瞬止み、その為に全員の目が化け物に釘付けになった。猛烈な勢いで押し迫る山のような巨体に。


 数十歩の距離。

 あの化け物はそれを瞬く間に詰めて、こちらを蹂躙するのだと。理解して。



「全員、にげ――」



 遅い。今から逃げたところで、あの化け物は森の木々を薙ぎ倒しながらこちらを追ってくるだけ。

 追い付かれ、貪られる。

 手足の猛攻がなければ、このまま氷漬けにすることも出来たはずなのに。溢れ出す膨大な力の前にそれもかなわず。



「ばぁ――」


 化け物の頭、顎に相当する位置の老婆の顔が、にんまりと嗤った。

 パニケヤを見て、嬉しそうに。



「……こ」

「うぇえぇっへえっ!」


 強く大地を踏みしめた。

 巨大な力で、怯える清廊族を踏み躙ろうと。その一歩を踏み出した。



「真なる清廊――」


 相打ちでもいい。

 パニケヤは死んでも、この大地と清廊族は守る。

 この化け物ごと自分が氷漬けになれば、それで。



 しかし現実は甘くはなかった。

 パニケヤが唱えるより先に、また十を超える手が、その爪でパニケヤを貫こうと。




「ウチが一番じゃけぇ! よう見ときぃや!」



 数十の手は、直線的だった。

 真っ直ぐにパニケヤと、近くにいたカチナやリィラを貫こうとして。


 まとめて叩き潰された。

 上から落ちてきた、金と黒の斧槍の一閃で。



「っ!?」

「かあぁっ、ウチかっこええのぉ! 一番じゃろ、ははぁっ!」

「何でも構いませんが、敵を倒してからにしなさい」



 もうひとつ。

 上から落ちてきた青い――塊?



「品のない造形物です」



 塊が、化け物の上に落ちた。

 天から落ちた隕石のように、凶悪なまでの力と共に。


「それ以上、我が同胞に近付くことは許しません」



 叩き込まれた。

 金属の塊。

 まるで誰かを捕らえる為にこしらえた台座のごとき金属の塊が、空から落ちてきた氷乙女の手で叩き込まれた。


「ぶ、うぇええぇっ!?」


 落ちてきた勢いで叩きつけた後、さらに杭を打つように金属製の台座をさらに殴りつける。

 その一撃はまた重い。化け物の半分ほどが地面ごと大きくひしゃげるほど。殴った反動でひらりと空を舞いながら、よく響く声は涼し気に聞こえる。


「ニアミカルムに踏み入るには、お前はいささか命への辱めが過ぎるでしょう」



 大地に繋ぎ留められた。

 再び、自由になりかけた化け物が、空から降りてきた氷乙女、希望のティアッテの一撃で。



「ティアッテ、それと……」

「ウヤルカですか」


「Quii」


 空の上から一声。

 美しく鳴くのは雪鱗舞。

 小雨に濡れた体が、雲間から差し込んだ日で煌めいた。



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