閑話 ~指に絡む忘れもの~
「ちょ、っとマルセナ……っ!」
「ダメです。ん……」
指が絡まる。
両方の手を強く搦めて、イリアの胸元から脇に顔を埋めた。
互いの間に、どこにも隙間がないように。
貪る。
貪る。
これはマルセナのもの。マルセナに与えられた温もり。
呪いで従わせたわけでも、力で従わせたわけでもない。
マルセナの為に帰ってきてくれた。
戻る理由なんてなかったのに。身勝手なマルセナのことなど愛想を尽かしてもよかったのに。
命を賭けてマルセナに教えてくれた。
愛を。
本当に、この世界に愛があるのだと教えてくれた。
だからもうこれはマルセナのもの。マルセナの一部で、今のマルセナの全部。
ほしかったのだもの。
ずっと、欲しかったのだから。
「そんな焦らなくたって……ひぁんっ」
「んぅむうぅ」
「つよ、ダメって……お、お願いだから」
イリアは脇を舐められるのが好き。
知っている。だから強く吸う。
街道を外れた廃屋で、途中で拾った毛布を敷いただけのマルセナとイリアの寝台で。
素直に、マルセナがどれだけイリアを愛しているかを伝える為に舌を這わせる。
獣のように。
「ん、あ……ぁ!」
絡んだイリアの指が、ぎゅうっと強く握り返して震えた。
マルセナの頬に当たるイリアの筋も細かく痙攣して、その反応が嘘ではないと伝えてくる。
震えながら小さな汗の粒が肌に浮かんだ。
嬉しくてそれを啜る。
「ちょ……あぁ、もうっ……」
「いいでしょう? ダメなのかしら?」
「そうじゃ、ない……ダメじゃないけど」
切なそうなイリアの声に、彼女の顔を見る。
きりりと整った目鼻が好き。
燃えるような髪が好き。
情熱的な印象の赤い唇と、その舌も。
「私にも……させて」
「イリアに?」
「お願い……マルセナを、食べたいの。口にしないと変になっちゃう」
絡めとった蝶を貪る花に、蜜を啜りたいと乞う。
愛しい蜜を口にしたいと言う。愛しい蝶が言う。
「ふふっ、そうなのですか?」
「ね……お願い、マルセナ」
「イリアがそうされたいのなら」
指を離す。
名残惜しいけれど、欲しがってばかりではダメ。
与えてあげなければ。愛は、互いに与え合うもの。
蜜を欲しがる蝶の上に跨った。
「ん……」
「わたくしも、一緒に」
離れた指の代わりに、互いの体の芯の熱を確かめ合い、奪い合い、与え合う。
ただ素直に欲しいものを求めあえる日が来るとは、初めて会った頃には思いもしなかった。
「わたくしは……」
この気持ちは何というのだろうか。
熱く、狂おしく。
温かくて、満ち足りた気持ち。
もうずっと昔に置いてきてしまったものの名を思い出すのは、きっと遠いことではないのだろう。
だってマルセナは、復讐を果たしたマルセナは、手に入れたのだもの。
確かに今、名前を忘れたそれを肌で感じているのだから。
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