第六幕 026話 刃の乙女の時_1
前線に戻ったオルガーラが敵兵を押し返す。
戦えぬ清廊族を北に逃がす為に、追おうとする人間どもと戦う。
清廊族を守ることを使命として育ったオルガーラ。心に根付いた意志と噛み合った時の彼女は、ティアッテをも上回る力を発揮する。
それにしても人間の数が多い。
戦士達も共に防ぐが、数が多すぎる。
今はまだ耐えきれる。人間の軍はさらに本隊が残っているのだから、ここで手間取るのはよくない。
せめてこの場の指揮官を先に倒しておきたいというのに。
「手出しは無用です」
この負けず嫌いが。
この地を故郷と呼び、土地勘があるなどと高笑いしていた小僧に腹が立つのもわかるけれど。
頭の固いわからずや。
幼い頃から変わらない。いい年をして。
「メメトハ、ルゥナ。しばらく敵を防いでいて下さい」
強敵と対峙するカチナを見て判断に迷う彼女らにパニケヤが指示した。
「ここはカチナに任せなさい。それより敵軍を防いで下さい」
「ですが」
「わかったのじゃ、婆様。構わんでいいルゥナ」
パニケヤの言葉を受けてメメトハが頷き、ルゥナ達と共に南から押し寄せる敵軍に向き直った。
魔物も清廊族も入り混じっての混戦。
カチナが敵指揮官との戦いに集中するというのなら、他からの邪魔を防ぎたい。
言い出したら曲げない性格をしているのはよく知っている。
「愁優の高空より、木漏れよ指窓の窈窕」
「……頼んでいませんが」
「いい加減、若くはないのですよ。カチナ」
背中から、多少だけれど体力を戻す温もりの魔法を唱えた。数十日の山越えの後の戦い、決して楽ではないはず。
ぴくりと耳が震えたけれど、言い返しはしない。
剣の腕、技の冴えは知っている。
ダァバから一本取ったというのも聞いた。
あれは不快で忌まわしい裏切り者だが、幼い頃から戦う才に関しては群を抜いていた。
ある程度成長してから、誰かに遅れをとったことなど聞いたことがない。そのダァバに対してカチナは一本取ったと。
そこまでにどれだけ負けていたのかも知っているのだけれど。
「話は後です。今は――」
「どらぁ!」
踏み込んだ男の一撃。
速い。
というか、咄嗟にパニケヤは対応できなかった。
カチナとパニケヤをまとめて叩き切ろうと、凄まじい強撃。
先ほどパニケヤが霜を渡らせた大地に、振り下ろした衝撃で地割れが走っていく。
「この若造が先ですから」
「婆さんの割にはやるな!」
カチナの剣が逸らしていなければ、叩き切られていた。
遅れてパニケヤは飛び退き、男が切り返した剣を再びカチナが弾き逸らす。
今度は上に。
腕力では敵が上。
その剣撃を横に、上に逸らす。剣速では負けていない。
「っ」
「軽いんだよ!」
弾いたものの、カチナが数歩分ほど押された。
森の外れ、木の根元に左足で留まり、追って来た剣を再び切り払う。
続けて、続けて。
とても手出しできない速度。
右から左から、肩口からと思えば膝を狙い。
それを打ち払い、足への斬撃をすんでの所で退いて躱して。
敵の剣がもう少し長ければ、膝を斬られていたかもしれない。
見切っているのか、偶然なのか。
近接戦闘に関して、カチナより数段劣るパニケヤには見分けられない。
「おばあさま、すごい」
「……よく見ておきなさい、リィラ」
そうだ。パニケヤが誰よりもよく知っている。
剣士カチナ。
その技は、魅入られるほど美しく無駄がない至高の剣。
年齢もあり、体力は長く続かない。
クジャを襲われた時、数日の連戦の末に混じりものとの戦いになった。だから倒しきれなかったと、負け惜しみのように言っていたが。あながち負け惜しみというばかりでもないか。
人間の侵攻を防ぎきれなかったことを責め、自身を氷乙女と呼ぶことを禁じたカチナだが、今の姿を見れば。
紛れもない。
彼女は清廊族最強の守り手の一柱。
氷乙女。
「ばばぁ!」
「っ!」
ぶつかりあった衝撃が、周囲の空気を震わせた。
敵もカチナも凄まじい。
近くで戦っていた者がたたらを踏んで遠ざかる。
「く、ほんとにババアか!?」
「……ふう」
弾き飛ばされたのは、今度は人間の方だ。カルレドとか名乗っていた。
カチナが足場にした木が倒れ、弾かれたカルレドは別の木に手をかけて留まる。
強い。
鮮烈な技の冴えと、戦っている間にさらに強くなったような?
「口数も手数も多い。だから百年早いと」
なるほど。
初めて見る強敵を相手にしながら、見定めていたのか。
戦い方。癖、体捌き。特徴を。
敵の剣は短い。
障害物の多い森近くでの戦闘を想定してのことだろう。
パニケヤにもようやくわかった。普段はもっと長物を使っているのではないかと。
馴染んだ武器との違い。
ただ、短いから力は伝わりやすい。
最初に力で押し負けたカチナを、やはり老婆だと侮った。攻めが雑になった。
嫌な相手だ。カチナのことだが。
パニケヤも若い頃、ああやって見極められては弱点を突かれたことを思い出す。
足元ばかり見ない。相手の視線に騙されない。剣筋がぶれている。いつでもすぐ基本の姿勢に返るのは至極読みやすい。とか。
言いたい放題。性格が悪いことを思い出した。
「婆さんだと思って手加減してやれば……」
「先ほどと言い分も違いますね。容赦しないとか言っていましたが」
敵の口から出た言葉に、必要なのかどうなのか一々指摘をして。
実に気分が良さそう。
カチナに横槍が入らぬよう気を配っているパニケヤ達を見もせずに。
「己の言葉も忘れてしまうとは、小僧かと思えば老爺でしたか。人間の齢など知りませんが」
「るっせぇ! これ以上遊んで――」
――うおああぁぁぁっ‼
一際大きな喚声が南から上がった。
清廊族から見れば膨大な数の兵士。万を軽く超える。
「へっ、ちょうど本隊も……」
「……そういう様子とは思えませんが」
増援が駆け付けたという雰囲気だったろうか。
今の大声は、まるで。
――ば、化け物ぉ!
――隊長! どうしたら!? どうしたらいいですか‼
悲鳴と喚き声と共に、地面が揺れた。
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