閑話 ~泡沫の夢~



 遥か過去か、遥か末か。

 どこかであったかもしれない場面。



「世界から零れたもの」


 掬えないもの。指の隙間から零れ落ちるように。


「叶えるとは言えぬが、望みを言ってみよ」


 座り込み、何もない地平の彼方を眺めていた影。

 拳を握って立ち、何もない空を見上げていた影。


 それらに向かって、どこからかの声が。



「望み」


 叶うわけでなくとも、何を望むのかと言えば。


「世界を思い通りに出来る力。神を超える力を」


 立つ影が、さらに強く拳を握りながら応えた。


「――」


 自分を認めない世界なら、認めさせるよう変えればいい。

 神を超える力をもって世界を作り変える。



「……食い物に困らなくて。静かに暮らせればいい」


 座る影が呟く。


「――」



 先の望みと比べればあまりに小さい。つまらない。

 しかし心からの願いだったのかもしれない。腹の底からの言葉だと言うように重く響いた。




 二つの影が塵になって消えた。

 何もない世界。

 ただ地平線のような一筋と、上と下だけの。

 色の無い世界。



「……いつまでもそうしてはおられぬ」


 どこからかの声が再び響いた。

 話しかけるように。



「望みなんて、ない」


 下から。

 下に埋もれ、沈んでいた何かが応じた。

 色の無い、感情の上下もない声で。


「そうか」


 世界から零れた三つ。

 最後に残っていた何かに、話しかける声は淡々と。



「そういうこともあろう」

「……」


「ならば、どこかでまた人として生き、探すのが――」

「いやよ」


 感情が震えた。

 声に熱がこもり、色付く。



「絶対にいや」


 断固とした拒絶の色。憎悪と嫌悪。


「人間になんてならない。それが望み」

「そうか」



 埋もれていた影が望みを言葉にすると、塵となって消えていった。

 後には何もない地平だけ。


「叶うとは言わぬ。あぶれた、救えぬものたちよ」



 これは物語ではない。事実でもない。

 ただ誰かが見たかもしれない泡沫うたかたの夢の一幕。



  ※   ※   ※ 

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