第六幕 025話 結ぶ大地_2



 待ち伏せしていた敵部隊、その背後を突いて混乱させた。

 数で押し切ろうとした人間に対して、山の魔物たちが牙を剥いた。


 歓迎されていないのだと思う。

 物事がどうやってもうまく運ばない時、清廊族ではそれが大地に望まれていないことだと言われる。


 招かれざる事物。

 だから大地に受け入れられない。


 諦めの考え方にも繋がるけれど、リィラはカチナから違う形で教えられた。

 何度やってもうまくいかなくても果たすべき目的があるのなら、道を変えるか手段を変えるか。

 間違ったやり方だから答えに辿り着かないと言われた。


 意固地になって強引に進めようとすると、余計に悪い結果になる。

 けれど、少し見方を変えてやってみるとなぜか上手くいったりする。姉神は誤った編み方で布を紡がぬよう教えてくれているのだとか、そんな教訓を。


 人間にはそういう考え方がないのだろう。力任せに、数を頼みにこの大地を制したように、歪んだやり方で押し通そうとするけれど。

 その結果、こうした反発を招くのだ。世界から拒絶されるように。




「婆様! 大叔母!」

「メメトハ、無事で何よりです」


 合流してきたメメトハと、パニケヤたち顔を合わせて頷く。

 わずかにメメトハの目が潤み、リィラも思わず想いが零れそうになった。



「南部の清廊族を解放する役目、確かに……見事に」

「まだじゃ、婆様よ」


 労うパニケヤの言葉にメメトハは首を振る。

 成長した。

 力もそうなのだろうけど、心が成長したのだとリィラの目にも明らか。


 幼い頃から知っているメメトハが、ほんの少し見ない間に大きく成長した。それが嬉しい気持ちと、寂しい気持ちもなくはない。



「これが全てではない。まだ囚われている者もいるのじゃからな」

「その通りです、メメトハ。クジャの戦士たちは護衛を!」


 開いた血路から北へ逃れる清廊族たち。

 別の方角から追う人間もいるだろう。クジャから来た戦士をその護衛にとカチナが命じた。



「ダァバが東の町に向かったのじゃ! トワを攫って」

「トワを……」

「やはりあの娘は」

「妾たちは追わねばならん。一刻も早く」


 訴えるメメトハ。

 言葉は少ない。まだ戦いの中、多くの言葉を重ねる余裕はない。

 しかし何となく察した。彼女らは既にある程度の事情を理解している。



「わかりました。貴女達はすぐ東に」

「そうはさせねえ!」

「っく、こいつぅ」


 オルガーラが弾き飛ばされてきた。

 というか、清廊族の中心であるパニケヤ達を狙おうとした敵の強者に気付いて防いでくれたのだ。だからここに弾き飛ばされた。


 敵に圧し負けて。

 力負けしたというのか。オルガーラが。



「てめえらはここで、このカルレド様が片付ける!」

「……貴女達は東に」



 短めの剣――おそらく森、林での戦闘の為にそうしたのだろう武器を向け、憎々し気に睨んでくる男。

 若いのだと思う。人間の年齢はよくわからないが。

 しかし強いのは確か。


「大叔母よ、そやつは」

「私はダァバに勝っています。清廊族最強の剣士は私です」


 カチナが前に出た。

 細身の愛剣を手に、オルガーラが力押しで負けた相手に向き合い、


「貴女達はすべきことをしなさい」

「大叔母……」

「少々私も気が立っています。メメトハ、聞き分けなさい」



 凛と。

 揺らぎなく構えるカチナの背中は、一筋の光のように。



「ボク、まだ負けてな――」

「押し寄せる敵を防ぎなさい。多くの敵を相手にするのはお前が一番適任です」

「う……わかった、よっ!」


 言い淀んだオルガーラだったが、カチナの様子にそれ以上は言わなかった。

 林の南からまだ押し寄せてくる大軍。それに向かい凄まじい踏み足で飛んで行った。あれはカチナから逃げたのだろう。



 オルガーラの激突でまた十数人の兵士が吹き飛ばされるのを横目に、カルレドとやらが舌打ちしながら構え直した。


「さっさとババァを片付けて、あの馬鹿力女を片付けねえとだな」


 言いながらも、不用意に踏み込んだりはしない。

 カチナの力を測りかねている。言葉が汚いのは挑発だ。



 安い挑発に乗せられるようなカチナではない。はずだけど。

 すぅっと目を鋭く光らせ、息を吐いた。


「黙って聞いていれば、誰の故郷だとか。勝手知ったるとか」


 本気で怒っている時のカチナだ。

 リィラが声をかけられないくらいに怖い。



「あぁ、婆さんなんかじゃ相手になんねえよ。容赦もナシだけどな」

「お前たちの言葉では、確かこう言うのでしたね」


 カチナが笑った。

 本気で怖いとリィラは思うのだが、カルレドとやらにはわからないらしい。自分がカチナの逆鱗に触れたのだと。

 ただの老躯だとしか見ていない。見る目がない。経験が浅い。



「百年早いわ、小僧」



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