第六幕 022話 選べぬ岐路



「敵です! 化け物です!」

「何を……」


 南西の門に敵が迫っているのはわかる。

 遠く離れているのに異様な気配を感じたのは、敵の喚声だったか。

 ルゥナ達が入ってきた門の方角。追って来た姉妹と戦った方角。


 しかし化け物とはなんだ。

 飛竜のように人間が何か見知らぬ魔物を使役しているのか。


「城壁より大きな魔物……あれは人間の塊だ。南西の門に突進しています!」

「なに……なんです?」

「人間の塊です! そうとしか言いえない!」



 駆けて来た男は、息を切らして喚くように訴える。

 説明しようがない。見たこともない化け物だと。


「城壁ほどの……」

「大げさではなさそうね」


 アヴィが夜の空を見渡しながら認める。

 男の報告を認め、理解を示すことで皆を落ち着かせてくれた。


 意味はよくわからないが、町に響く激震は確かに異常。地震ではあるまい。

 町を震わすほどの巨体が壁に激突しているというのなら。



「町に入っているのですか?」

「門の隙間から見た時には、壁にぶつかって跳ね返されていました。だけど」


 時間の問題。

 いや、こうして南西門から駆けてきた時間を考えれば、既に壁は崩れているかもしれない。


「皆を東に」

「だいたいの清廊族はこっちにいるぞ、ルゥナ」

「残っている者もこちらに」


 解放できる清廊族はあらかた解放した。

 町が広すぎて全てとは言えないけれど。


 幸いなことにルゥナが空に描いた指示で、町にいた清廊族が東門を目指した結果、こちら側に集まっている。

 まだ集まってくるものもいる。しかしここからどうすれば……



 ――ゴオォォ……



 低く長い破壊音。

 壁が崩れたか、あるいは乗り越えて町に入ったのか。

 東門の外にはまだ敵の大軍がいるというのに、最悪な状況。



「……アヴィ、エシュメノ。こちらの人間どもを任せます」

「貴女はどうするの?」

「それほどの巨体、剣や槍では倒せないでしょう。メメトハ、セサーカ。私たちで対処しましょう」


 見上げる城壁ほどもある化け物に、刃で対処するのは難しい。

 南西から続く破壊の音は、家屋を崩しながら進む巨体の存在を確かに教えてくれた。

 間違いなく存在する、異常な化け物。



 この城壁を強引に打ち破る生き物など、正面から力で対抗できるわけがない。

 オルガーラとティアッテ、アヴィなど主力級全員が揃えば少しは止められるかもしれないが。


 力で対抗できないのなら魔法で対処する。

 主力の魔法使いであるメメトハ、セサーカが抜けて、東門が守り切れるのか。

 わからないけれど。



「……?」


 違和感。というか、疑問。

 破壊音が近づいてこない。


「……どこに」

「町の北に向かっているようじゃが……」


 広大な町だ。必ずしもこちらに直進してくるわけでもないだろう。

 北側には多くの人間が逃げた。

 炎や煙に巻かれて死んだ者も少なくはないだろうが、生き残っている者がいても不思議はない。


 化け物。人間の塊。

 人間が多くいる場所を目指しているのかもしれない。

 だとすれば、もう少し時間の余裕はあるか。



「今のうちに東の敵を討ち破り、活路を開きましょう」

「正体不明の魔物の相手よりはいいと思うよ、ルゥナ様」

「エシュメノ、あっちの匂い嫌い」


 ニーレとエシュメノも同意してくれた。

 化け物というのが何なのかわからない。戦力を分散させるのも愚策。

 なら、集中して一方を打ち破るまで。



 ぽつ、ぽつりと雨の雫が落ちてきた。

 月明かりを隠していた雲が、さらに厚くなって雨を降らす。


 まだ町に燻る火もこの雨で消えていくだろう。

 どうせならその化け物を焼いてほしいところだったが、収まりつつある火勢にそこまで期待できない。期待しても仕方がない。




「皆、休憩は終わりです。門の外の人間どもを一気に打ち破ります!」

「おぉ!」

「戦えない者も支援を。敵を退けたら一気に東に抜けます」


 総力戦だ。

 こんな状況で選択の余地はないが、他に道がないのなら腹も据わる。

 


「東の敵を討つ! 退路はありません!」


 東門の城壁に上がり、敵陣を見渡した。

 攻勢が止んだ時より増えている。後詰が合流してきたから戦列を組み直す為に退いていたのか。


 数が多い。

 雨の降り出した夜の闇の中、大軍の真っ只中に突撃することも出来ず。

 空が白み始める頃になっても、ルゥナ達が敵軍を崩すまでには至らなかった。



  ※   ※   ※ 



「連中、やけに無茶にしてますね」

「西からアルビスタ大公が攻め込んだんだろ」


 水を呷り、カルレド・ガルドーバは口元を拭った。


「そりゃあ慌てるさ」

「慌ててこちらに逃げようと。あの数で」

「妙に強い奴もいるが、こっちだってな」


 数名、英雄級に匹敵する強者もいる。

 だがこちらも正騎士団の混成軍。対処は可能。

 そして何より数が違う。誰でも休まず戦い続けられるわけではない。


 夜中を過ぎてから再開した影陋族との戦い。

 もうじき夜が明ける。


 カルレドも戦い続けていたが、どこかで息を入れなければ続かない。

 水を飲み、熱くなった体を冷ました。



「この期に及んで、まだ守ろうってんだからよ。舐められたもんだ」

「弱い者を庇いながらでは、こちらの陣容を食い破ることなど出来ますまい」

「考えなしに突っ込んでくれば、それも狙い目だけどな」


 カルレドや騎士団の幹部級を見つけると、敵の主力級が襲ってくる。

 力に劣る他の戦士や、戦士でもないただの住民――解放奴隷だろう――を庇って戦っていた。


「まあ影陋族ってのはそういう連中だ」


 思い出して、鼻で笑った。

 こちらで生まれ育ったカルレドは、ロッザロンド出身の騎士より影陋族を見知っている。


「まともに計算が出来ないって有名だよ。調和だなんだとか言って、結局自分らが全部なくすまでわからないバカな種族さ」

「この戦いひとつでも、まさにそれらしい」



 西からアルビスタ大公率いる軍が迫っている。

 東には大軍が布陣している。


 逃げ延びようと言うのなら、犠牲を出してでも逃げられる者だけが抜ければよいものを。

 全てを救おうとして、全てを失う。

 子供の頃から聞かされている影陋族らしい習性。



「数が少ないなら少ないなりの戦いをすりゃあいいんだ」

「夜も明けます。いよいよとなれば」

「ああ、追い詰められた奴らの行動なんて知れてるだろ」


 真っ先に、先手を打っての行動ではない。

 ジリ貧になってからの決断など、受ける側から見れば至極読みやすいもの。


「雨で視界が少し悪いですが」

「全部は殺せなくてもいいさ。こっちは影陋族ほど馬鹿じゃない」



 罠を張っている。

 逃げ道を開け、飛び込んできたそれを横から叩く。

 その程度、敵も承知しているかもしれないが、時間に余裕がなければそれでも飛び込むしかない。選択肢がない。



 ――うおぉぉぉ‼



 一際大きな叫び声。

 わかりやすい。

 これも仕方がない。残っている影陋族全員に一気に進めと指示を出すには、声を張るしかないのだから。


「北の森に伏せている連中と、東手に回っている伏兵。ぬかりありません」

「よぉし、仕上げといくか」


 昨日の夕刻についてから、この朝までの戦闘。

 その仕上げの時間だと思えば疲れも吹き飛ぶ。



 町に閉じこもっていられなくなった影陋族が、次々と出ていく。

 それを庇って道を守る戦士たちの滑稽な様を見ながら、カルレドもまた影陋族が逃げる先へと向かった。


 作戦は完璧だった。



  ※   ※   ※ 

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