第六幕 017話 望む全てと阻むもの_2
「ルゥナ」
「……アヴィ」
騒ぎが聞こえたのだろう。城門近くにいたはずのアヴィが歩いてきた。
怒られるのか。
それとも、浮気者と罵られ、捨てられるのか。
仕方がない。それもこれも全てルゥナの行いの結果なのだから。
その挙句にトワも失うなど、本当に。
「諦めることなんてない」
「……?」
アヴィは責めなかった。
表情が薄いのはいつものことだけれど、少し優しく、でも困ったような色を浮かべている。
「貴女が望むことを諦めることなんてないの」
「……ですが」
「諦めては駄目」
望みを諦めてはいけない。
幸せになる努力を捨ててはいけない。
「ここの人間は倒す。ダァバも倒してトワも助ける」
「……」
「それで解決するのなら、そうする。全部やるの」
「アヴィの言う通りじゃ」
単純な話。
言う通りだ。空の彼方に飛び去り、手が届かなくなってしまったと。
諦め、手を伸ばすことをやめてしまったら本当に届かなくなってしまう。
アウロワルリスでは、ウヤルカが助けてくれた。
ここにウヤルカはいない。けれど、仲間はいる。アヴィがいて、皆がいる。
ルゥナが俯いたままでいいわけがない。
「全部……そう、ですね」
誰に詫びるにしても、何を望むにしても。
皆が揃ったところで堂々と言わなければいけない。メメトハにこっそり赦しを求めるなど、恥知らずな。
「すみません、アヴィ。イバにも」
「……」
「私が呆けていました。下らないことを」
まだ強くルゥナを睨むイバに向けて頷いた。
彼女は正しい。
トワを必ず取り戻すと、そう言ったルゥナの言葉もまた、己の正直な気持ち。
恥じるべきはそこではない。
「本当に情けない。膝を抱えて愚にもつかないことを」
「……」
「人間は倒す。ダァバも倒す。トワを助け出す」
出来ないと決めつけて勝手に諦めた。
イバの言う通り身勝手なことを。勝手を言うなら貫き通せと。
「ありがとう、イバ」
「……」
「貴女は本当にトワを……愛してくれているのですね」
「当り前です」
ぎゅっと拳を握り、負けないと意思を示す。
「トワ姉様が好きです。誰にも負けない」
嬉しい。
奇妙なことのような気もするけれど、嬉しい。
「アヴィ」
「うん」
向き直る。
アヴィに真っ直ぐに。
「愛しています」
「……」
「誰にも負けない。一番好きです。同じくらいトワのことも愛しています」
「知ってるわ」
アヴィも頷き返した。
言ってしまえば、口にしてしまえばそれだけのこと。
罪悪感など必要ない。恥じる必要などない。
「貴女の大切なものを守る。取り返す」
「力を貸して下さい」
アヴィの表情が優しく緩んだ。
もう一度頷き、聞いていたメメトハ達も続く。
「私たちも出来ることを」
「ええ、お願いします」
ルゥナが落とした椀を拾った清廊族の女も、表情を和らげて答えた。
長く人間に囚われていたはず。
辛く苦しい日々を過ごした彼女が、未来の為に戦うルゥナ達を見て微笑みを。
その笑顔も、ルゥナが守りたかったものだ。見捨てたいなどと思ったことはない。
「全てを、取り戻します」
「そうね」
奪われてきた全ての望みをこの手に。
その為に戦ってきた。もうこれ以上、一つとて取りこぼすものか。
「安心しろというのも酷じゃが、ダァバはすぐにトワを殺したりはせんじゃろう」
メメトハの言葉は希望的観測というわけではない。
「ただ殺すのなら連れ去る理由もない。トワの血に興味があるはずじゃ」
「そうですね」
トワの血、トワの力。
あれもまた少し異質なものがある。ユウラと異母姉妹だと知ったのは後のことだけれど。
異質な力。アヴィが与えてくれた恩寵ともまた違う。
ダァバが関心を持ったのは間違いない。だからトワを連れ去った。
簡単に殺しはしないはず。
場合によっては、あの子は美しい。
ダァバが己の子を産ませようと身籠らせることも考えられる。
「――」
たとえダァバに何をされたとしても、それでトワを愛する気持ちが損なわれたりしない。
傷つけられたのなら、それを癒すのも自分でありたい。
ルゥナだけではなくイバも、きっとオルガーラやニーレも同じ気持ちのはず。
ここで諦めるようでは、それすらできない。
今すべきことは、一刻も早く新たな敵を倒し、ダァバを追うこと。
まずは外にいる敵軍を――
「っ!?」
異様な気配を感じた。
町の火の手もほぼ収まった。
敵軍の攻勢も一時止み、少し肌寒いほどの空気が張る夜の静けさ。
凛とした空気の中、異様な気配が。咆哮が。
遠すぎて本当に微かにだけれど耳の奥を響かせ、肌に走った震えがぞわりと背筋を強張らせた。
「な……に……?」
「なんじゃ、この……」
ルゥナだけではない。メメトハもアヴィも、戦う力などない清廊族の女もまた。
体を震わせて顔を向けた。
西に。
南西に。
山を一つ切り崩して作った町だ。あまりに広い。
夜の闇の中、いくら清廊族が夜目が利くと言っても何が見えるわけでもない。
しかし確かに異常な気配を感じた。
全員がそうなのだから気のせいではない。何か悪いことが。
「た、大変だ! だれかぁ!」
全ての清廊族が東門にいるわけでもない。
町にはまだ人間の残党もいたし、囚われている清廊族もいれば怪我をした者も。
動ける同胞には見張りや町の状況の確認を頼んでいた。
南から駆けてくる同胞。
取り乱して、やはり尋常な様子ではない。
「敵が……敵が、西側に……南西から!」
「別動隊じゃと」
まだ甘く見ていた。
人間の数の多さを見誤ったのか。
決定的な差。致命的な弱み。
どれだけ力を増しても少数では出来ることに限りがある。
最初からそれに苦しめられてきた。今もまた。
二手に分けるか。しかし敵が二手だけとは限らない。
ルゥナが動かせる戦力では広大な町を守りきるには足りず、放っておけば挟撃される。
「ここまできて……」
歯を噛み鳴らすルゥナの腹を、腹の底から震わすように。
エトセンの町全域を、これまでにない激震が貫いた。
※ ※ ※
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