第六幕 008話 父たる神_2
――そう、なのか。
港町にあった白い魔石。
あれが、人間のものだったとすれば。
本来なら魔物を殺した時にしか生じないはずの魔石が、魔物を狩るように人間を殺して力を増すと言うのなら。
それならば計算が合うかもしれない。
濁塑滔の力だけではない。
数万、数十万の人間を糧に成長を――
「今よセサーカ!」
「止まったのは君も同じさ」
ダァバは既に冷静さを取り戻していた。
両手で剣を押す女に対して、左手一本で押し返す。
先ほど短槍の女に態勢を崩されたというのに、凄まじい膂力。
片手一本で防げるのであれば、もう片方が。
「力の種はわかった。もう死――」
「触れるな下衆!」
ダァバの動きを止め、剣士の女も動きが止まっている。
その腹を貫こうとしたダァバの右手を、ぶった。
ぶった。
小枝のような、短い魔術杖で。
「私のアヴィに!」
「
ダァバがこんな声を上げるのは初めて聞いた。
まるで子供のように。
そして、本当に何がなんだかわからないように。
痛い?
悲鳴と疑念。
小さな魔術杖で叩かれただけで、声に出すほどの痛みとは何事かと。
アヴィと呼ばれた剣士の身を守る、敵ながら見事な判断。
そして。
突きつけられる冥銀の魔術杖。
「やらせん!」
「くぬぅっ!」
パッシオが盾になろうと、パッシオを撃つ少女の拳に敢えてぶつかっていった。
痛みもあるが、弾き飛ばしてダァバの下に。
「っ!?」
足を射抜かれた。
氷の矢に、足の甲から地面に縫い留められ、動きを止められた。
「咲け
間に合わない。
ダァバの胸に突き付けられた魔術杖が、ダァバの体に霜を走らせ、心臓の辺りに氷の花を咲かせる。
その様子を目に、足を貫く矢を力づくで抜くが。
「ふ、は」
ダァバの口から、力が抜けるような声が漏れた。
嗤い声。
「苧環の忌み花って、そりゃあ清廊族も殺すかもしれないけど」
ぴしりと音を立て、氷の花に亀裂が入る。
ダァバを覆った霜も、霧に変わり。
「僕はそんなに弱くない」
「じゃろうな」
もう一匹。
先ほどダァバが、何かに似ていると言った金髪の少女。
その手にも、先ほどダァバの手を打ったのと似た魔術杖が。
「終宵の脊梁より、分かて無窮の耀線」
叩き切った。
霜で凍りかけたダァバの体を、斜めに。
「終宵の脊梁より、分かて無窮の耀線」
先ほどダァバをぶった女が、対を為すような魔術杖で今度は下からダァバの体を切り裂いた。
「主!」
手を伸ばしかけて。
今更だが、守るべき主に手を伸ばしかけたパッシオ。
だが。
「ぉ――」
震えた。
悪寒が全身を走り、飛び退いた。
清廊族の女どもも同じく、さらに止めをと伸ばしかけた手を止め、大きく下がる。逃げる。
どばぁと溢れたダァバの体液。
それに飲み込まれまいと。
「な……」
「かあ……っ!」
上から下から切り裂かれたダァバの傷口から溢れたのは、黒く濁った体液。
粘液質な、黒い。
ダァバが嗤う。
切り裂かれた体の上のダァバの顔が嗤う。
「は、はは……神に傷をつけるなんて、本当に悪い子供たちだ」
「……」
剣士の女が胸を抑えた。
胸から溢れそうな、黒い粘液を。
ダァバの体から溢れるものと同じ質感。
黒い粘液状の、小さな濁塑滔。濁塑滔の赤子、だろうか。
「あはは、やっぱりそれか」
にゅるぬると蠢くダァバの体液が、活力を漲らせるように黒い色を濃く、薄く変化させる。
敵が持っている濁塑滔に呼応して、それも飲み込もうとするように。
「さぁて、清廊族の悪い子供たち」
愉し気なダァバの様子と、対照的に青ざめた清廊族の女ども。
言葉も出てこない。濁塑滔の力は彼女らもよくわかっているのだろう。
どれだけの力を、元々強かったダァバに与えたのか。
「神にして、父たる僕に従うべきだとわかったかい?」
「父……」
ぞわりと、金髪の少女が肩を震わせる。
嫌悪と、畏怖を同居させた瞳で。
「斬撃も打撃も意味はない。君ら得意の氷雪魔法も見ての通り」
「……」
最初から勝っていた。
ダァバは最初からこの戦いに負けることなどなかったのか。
パッシオでさえ知らされていなかった事実を、この清廊族どもが知っていたわけもない。
攻撃が効かない。連中の攻撃はダァバに有効ではない。
ただ粘液を切り裂いても元に戻るだけ。元が清廊族のダァバには氷雪の魔法も致命打になり得ない。
「そうでなくとも僕の方が力は上さ。炎の魔法をまともに使えない君らが、無理を押して火炎の魔法を使ったところで知れている」
ダァバが左手に嵌めていた手袋を掲げ、軽く握ったり開いたりして見せた。
その指先から白い冷気が漏れる。
「僕の使う氷雪魔法を上回って殺そうって言うなら、炎が得意な人間の、英雄級の魔法使い。それが何人もいないと無理だろうね」
「魔術杖の……手袋が」
「便利な道具さ。ルラバダールでもらってきた」
そちらはパッシオも知っていた。
ルラバダール王都にあった宝具。鋭利な刃を防ぎ、強力な魔法も放つことが出来る武具。
先に失われた繰空環の代わりとして。
「さぁて、清廊族の悪い娘たち」
もう一度、仕切り直し。
いや、既にダァバの勝利は確定。敵にまともな攻撃手段はなく、打つ手を失い完全に飲まれているのだから。
先ほどかろうじて、黒い粘液に飲み込まれることは避けたけれど。
やはりダァバは素晴らしい。
完璧な勝算を持って臨んだ主を、パッシオは誇らしく思った。
「父さんの、お仕置きの時間だよ」
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