第六幕 005話 愚老の浅膚な痴言_1



 二千の敵軍を、瞬く間に駆逐する。

 全てを殺さなくとも、数百も死ねば浮足立ち、逃げ腰になった。


 放っておいても逃げるだろうが、出来る限り殺す。

 後ろから来る部隊と合流すればまた数が膨れるのだから、という理由もあるが。



「はあぁっ!」

「ルゥナ、もう十分じゃ! 戻れ‼」


 深追いは禁物だが、焦燥が皆の心に波を立てていた。

 メメトハが城壁から怒声を発さなければ、必要以上に敵を追っただろう。

 そして戻るタイミングを失ったはず。




 敵が逃げたのだから内側から門を開け、駆けこんできたアヴィ達がすぐ城壁に登ってきた。


 空を睨む。

 小さいが間違いない、サジュを襲った飛行船と同じ技術の乗り物。

 だとすれば乗っているのはダァバなのか。



「ここで起きていた戦争もダァバの仕業かしら?」

「あの屑が……いえ、どうでしょう」


 アヴィが疑問を呈し、ルゥナは苦々しく答えながら首を振る。

 このエトセンの町を襲った騎士団もダァバの手引きなのか。その理由がわからない。


「考えても仕方がありません。ですが、あれに乗っているのなら今度こそ倒さなければ」

「そうね」


 危険な男。

 清廊族の裏切り者。仇敵。

 先刻、トワが感じた嫌な予感とはこのことか。



「奴の呪術に注意を。エシュメノ」

「前に見た。もう捕まらない」

「呪術を使う際に動きが鈍ります。誰が捕らわれてもあれを打ち倒せば済むはずです」


 メメトハは残念ながら前回を見ていない。

 ルゥナが言うのならそうなのだろう、としか。


「呪術を……ううん、あれが詠唱をするようなら」


 アヴィの言葉にルゥナが頷き、皆の顔を確認した。

 メメトハも聞いている。効果があるのかわからないが、サジュの戦いの後でアヴィが提案した・・・・・・・・対策。



「体術も相当なものでした。ミアデ」

「うん、正面から一対一じゃ絶対無理」

「奴がクリカラノワなどと呼んでいた女神の軸椎オエスアクシスは砕きました。別の武具を用意しているはずです」


 迫ってくる小型の飛行船と、その下の光河騎士団。

 近付いてくると、光河騎士団の旗印だけではない。


 城郭だろうか。建物の周りを赤紫の花で冠を作って囲ったような図柄。

 縦長に伸びる植物、禊萩みそはぎの花で城を守るかのような。

 混成軍らしい。



 飛行船にもまたあの爆裂する魔法の道具が積んであるだろう。

 ニーレの表情はいつになく厳しい。ユウラの命を奪った憎い飛行船なのだから当然。



「――っ!?」


 混成軍から槍が放たれた。

 凄まじい勢いで。


 上に向かって。

 上空に?



 凄まじい威力。おそらく英雄級の使い手がいる。

 小型の飛行船を貫こうとした槍を、赤褐色――鳶色の疾風が打ち砕いた。


「あいつ!」

「間違いありません」


 飛行船から飛び出し稲光を思わせる動きで槍を砕いたのは、見覚えのある魔物。

 魔物と人間の混じりもの。



「確かパッシオとか……ダァバの下僕です」

「それもではあるが、ルゥナよ」

「ええ」


 メメトハが訝しく思ったことは当然ルゥナも同じはず。

 軍隊とダァバは味方ではない。敵対関係。


 こちらに有利というわけでもないが、協力しているわけではない。

 同時に相手取るにしても、それがわかっていれば――



「あの位置から?」


 飛び出した混じりもののパッシオが、下に向けて投げつけた。

 サジュでも使っていた爆炎の魔法の詰まった球。


 見え見えだ。

 たかが一発では、それを数千の軍にぶつけたところでそれほど有効とは思えない。

 まして見えているのだから、当然対処される。



 ――ギァン!



 混成軍の頭上で、金属音を上げて割れた。

 爆風の影響は多少あるかもしれないが、殺傷力など見込めるはずも――




「……」

「な……ん、です……っ?」



 ばたりと。

 力を失ったように、その真下にいた兵士たちが倒れた。


 中心から、円が広がるように、ぱたり。ぱたりと。

 操り人形の糸が切れるかのような光景。



「し、んで……?」


 爆炎はなかった。

 何もなかった。


 なのに、あの球が割れたところから丸く波が広がるように。

 数千の人間が、ばたばたと倒れ、死んだ。



「あれが……そう、ダァバに近付いた戦士が、何もせずに死んだ時と同じです」

「呪術じゃと言うのか、あれが」


 メメトハは見ていないが、確かにそういった怪しげな術を使ったと聞いている。

 ダァバに近付いただけで戦士が死んだと。

 反撃されたわけでもないのに。




「あの球に炎の魔法を込められるのであれば、呪術もそうなのかもしれません」

「有り得ぬ。あのような……」

「割っては駄目よ」


 動揺するメメトハ達に、アヴィだけはやけに落ち着いた様子。

 皆に冷静さを取り戻す為にそうしているのか。


「ダァバが近い時には使わない。あれを投げるのは遠い時だけ。きっと」

「……そう、かの」


 呪術の類はこちらに情報がなさすぎる。

 最後に自信のないような言葉を継ぎ足したアヴィだったが、妙に確信があるようにも聞こえた。



「全て、ではありませんね」

「うむ」


 球の割れた中心部から遠かった兵士たちは死んでいなかった。

 だが、音もなく多くの味方が死んだのを目にして平静でいられるはずもない。


 恐慌を起こして逃げ出した兵たちを、空を飛ぶパッシオが血祭りにあげていくのを、ただ見るしかない。

 ダァバに刃を向けた兵。その愚かさに裁きを下している気分か。


 いくらか薙ぎ払い、足の爪で掴み、引き裂いた体を逃げ惑う兵に浴びせて。

 気が済んだのか、パッシオが飛行船に戻る頃にはかなり町に近付いていた。



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