第六幕 006話 愚老の浅膚な痴言_2



 遥か上空を飛行する敵に対して、メメトハが出来ることは少ない。

 ルゥナにしろアヴィにしろ。


 ニーレの氷弓皎冽を使えば有効な攻撃もあるが、警戒されていればこちらの必殺の一撃を避けられてしまう。

 何にしろ近付くまで打つ手がない。


 ウヤルカがいればと思うが、ネネランと違いウヤルカの体は動かすのがやっとという程度だった。

 相方のユキリンも、不思議とウヤルカと一緒でないと十全な働きが出来ない。不思議ではないのかもしれない。双方合わせての空の戦士。

 ティアッテ達と共にヘズの町から動けない。



 苦々しく睨む。

 先ほどの死の呪いが詰まった球を警戒しながら。


「なんじゃ……」


 パッシオが飛行船に近付くと、縄が投げられた。

 それを掴んだパッシオが、引っ張りながら下に向かう。


「降りてくるようですね」

「舐めおって……」


 南門近くの木に、縄を括りつけた。

 そして、そのまま。



「……待っているつもりでしょうか。私たちを」

「構わぬ。あれを殺す他にないのじゃからな」


 動く様子がなかった。

 どういうつもりか知らないが、飛んだまま町に入られるよりはいい。


 待っているというのなら、間違いなくこちらに気付いている。

 メメトハ達清廊族を待っている。裏切り者のダァバが。



 戦っている間に日も暮れ始めた。

 西の空から赤く照らされ、町の北を中心に朱色の炎も町を照らす。


 飛行船で焼ける町に入るのを嫌ったのか。

 なんとなくそう思った。



「行くぞ」

「メメトハ」


 城壁から飛び降りようとしたメメトハをアヴィが呼び止めた。

 振り向くと、なぜ声をかけたのか自分でも分からないような顔をしている。


「なんじゃ、妾ばかりが心配か?」

「あれは、きっと……」

「……わかっておる」


 アヴィの言いたいことはわかっている。

 清廊族の裏切り者。クジャで待つパニケヤやカチナの怨敵。


 メメトハが倒すべき敵。メメトハが倒さなければならない仇敵。



「あれが妾の血縁じゃと言うのなら、それこそ妾の手でやらねばならぬ」

「……手伝わせて」

「無論、そのつもりじゃ」


 ダァバは元々がクジャの生まれで、特異な力を持っている。

 血縁である可能性などとうに承知していた。

 祖母に聞いても答えないだろうが、何も言及しなかったことを思えば……もっと悪いことも、あると。


「清廊族全ての敵じゃ。当然、おぬしらも手伝わせるつもりじゃ」

「うん」

「あんなのエシュメノがやっつけてやる」



 意思を言葉にしてから、皆で城壁の外に降りた。


 自在に空を飛べる下僕がいるのだ。壁の有利などない。

 死を振り撒く呪術などが使えるのなら、障害物の無い見晴らしのいい場所の方が戦いやすいとも考える。



「出迎えご苦労、と言ってあげた方がいいかな」

「ぬかせ、下郎が!」


 まだ浮かんでいる飛行船から、メメトハ達を見下ろしている小柄な老躯。

 不遜な態度に憎しみを込めて言い返すが、特に気にした様子はない。


 白髪に、やけに瑞々しい肌。



「何か違う」

「ええ、前より……若くなっているような」


「我が主、神たるダァバ様に対して頭が高い!」

「いいんだよ、パッシオ。その辺はこれからわからせる」


 何が神だ。

 ただの裏切り者。ただの、と言うのも腹立たしいが。

 醜悪で卑劣な男。



「やはり君らだったか。まさかこの町まで落としているなんて」

「……」

「なるほど、僕の血を引いているのならそれも……」


 飛行船からダァバが降りる。

 ひょいと跳んで、パッシオの翼を一度踏み台にしてから大地に。


「……」

「違うのかな?」


 その手に、赤黒い液体がうねる球体がある。

 何かまた呪術の道具かと身構えたが、メメトハには見覚えがあった。



「……血の、探査?」

「そうそう、君は若い頃のパニケヤに似ているね」

「気安くおぬしなどが口にして許されると思うな、痴れ者が」


 いちいち癇に障る。

 挙動も、発言も、仕草も。

 存在そのものが気持ちが悪い。


 そういえばメメトハを補佐してくれていたリィラは、芋虫が這うのを見ると全身をわななかせて悲鳴を上げていた。

 こういう感覚なのだろう。



「呪術を跳ね返して繰空環くりからのわを砕いたのも、もしかして……」


 ダァバがその球体を掲げると、中の赤黒い液体が蠢く。

 大半がダァバの方に。

 それ以外のいくらかが、メメトハ達や他に散らばるように。



「なんだ、随分と反応が多い」

「……」

「一番大きな反応は東の方か。なんで急に変わったんだろうね、知っているかい?」


 知ったことではない。

 仮に知っていたとして、答える義理もない。教えない理由ならいくらでもあるにしろ。



「黒い反応が強い、かな?」

「そのようですが」

「ふぅん……あぁ、そういうことか。さっきの違和感も」


 答えないメメトハ達をよそに、勝手にダァバが納得した。

 合点がいったと言うように頷き、無知蒙昧なものに教えてあげようとする態度は年齢だけを重ね心は幼稚なままの男。


 しかし強い。

 迂闊に動けないと思わせる身のこなしと、妙な存在感の重さ。

 隣に控えるパッシオの目も鋭い。



 気になることもある。

 ダァバの狙い。考え。何を探しているのか。


「僕の血も混じっているような反応もあるけど」


 血の探査はそれほど使い勝手のいい魔法ではない。

 大まかに、同じ生き物がどちらにいるかを示す程度。

 血に近い者の方が反応しやすいが、普通は手負いの魔物などを探して仕留める為に使う魔法だ。


 メメトハやパニケヤであれば、もう少し高い精度で使いこなすことも出来るだろう。

 ダァバもそれをしている。自分の血縁を探していて、ただそれ以外に興味を引く何かに気が付いた。



 赤黒い液体がメメトハを差し、また何か町の中も指し示している。

 しかし、最も赤が濃い部分は東方面を指し示していた。それが何なのか。


 黒が濃い部分が、ちりちりとアヴィやルゥナ達の方に向かって球体の表面にぶつかり、またうねる。

 黒い粘液のような。



「道理で、ここまで戦えるわけだよ。君らも僕と同じ――」


 同じ、などと表現されることに腹が煮える。



「濁塑滔を殺して、その力を食らったのか」



「っ‼」


 不用意にアヴィが斬りかかったことを、誰も責められまい。

 ぶつんと切れて、冷静さを失い。


 全員が同時に、全く同時に。

 何一つ呼吸を合わせたわけでもなく、完全に同じ呼吸で一斉にダァバに襲い掛かった。



  ※   ※   ※ 

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