第六幕 002話 匪徒の探求者_2



 飛行船。

 それがいい。飛行船。幻想と現実を兼ねる粋な道具だと思う。



 また研究に時間を割いた。

 普通の船でさえ事故、沈没がある。

 試作した飛行船に搭乗して即座に向かうようなことはしない。


 呪術を修め、技術を極め。

 ダァバは十分に、入念に準備を進めた。

 女神の軸椎オエスアクシス――繰空環くりからのわと名付けたこれで湖の化け物を従え、ダァバに逆らった清廊族どもに復讐する。思い知らせる。


 完璧な計画が狂わされた。

 ただの清廊族の女に。




「我が主よ、いったいどうなされましたか」

「……」


 パッシオの声に意識が戻る。

 全身を襲った不快感に、思わず嫌な記憶を思い出してしまっていた。


「いや……なん、だろう」


 額に浮いた汗を拭った。

 地平の端に町が見え、その町から煙が上がるのを見ていたのだが。


 不意に右腕がひどく熱くなり、ダァバではないものがダァバの体内で暴れ、荒れ狂った。

 何かに呼び起こされるように。



「……この、死んだ魔物が暴れたみたいだ」

「まさか」


 パッシオが驚きの声を上げる。

 驚いているのはダァバの方だ。



「あれには意識などないと……」

「ああ、そうだ」


 ダァバは短慮な愚者ではない。

 狂無くれない朱環じゅかんに使う魔物の素材についても、散々研究を重ねてきた。



 過去には手に入りにくかった清廊族の奴隷。

 処女童貞のそれらも、国から融通してもらって研究している。


 パッシオに使ったように、強力な魔物が遺した怨魔石。

 これには意思が残っていることがある。弱者に朱環を使うと、元の魔物の意識に飲み込まれるようなことも。


 同じ怨魔石から作る朱環でも、複数に分けてしまうと意思もバラバラに。

 数多く妖奴兵を作ることも可能だが、一体ずつの力は弱まる。



 意思のない魔物もいる。本能だけで生きている知能のないタイプの。

 不定のアメーバ状の魔物であったり、植物的な生態の魔物。それらは滅多に怨魔石を残すことはない。

 通常の怨魔石も稀だが、それよりずっと希少なもの。



 当初はそこまで知らず、海に生きるナメクジのような魔物の怨魔石を実験体に使った。

 切っても二つに分かれて生きるような生き物。


 完成した実験体を二つに分けたら、やはりどちらも死なない。

 ただ、元の人間の意識は片方に。もう片方は知性の欠片もない塊になって。



 こういうものかと分かったので焼いた。

 不死性は高いが、焼けば死ぬ。


 これが灼爛のように火に強い魔物だったらどうなのだろうか。

 ダァバなら氷雪の魔法で消し去ることも出来るだろう。



 他の可能性は、という辺りで。

 思い出した。

 かつて自分が調べ集めたものを本の形にしたことがある。その中に書き留めたこと。


 濁塑滔だくそとう

 あれは神話の魔物であり、粘液状の魔物。

 ダァバが身に宿すのなら、どうせなら不死性の高いそういうものがいいのではないか。


 しかし、焦ることはない。

 完成した飛行船で旧大陸に行けば、まだ知らぬ魔物があるかもしれない。

 天馬のような魔物がいた。あれを身に宿せば神々しいかもしれない。など。


 色々と考え、しかし湖の町で予測と違う事態があって予定を変えて。

 結局、手に入れたのだ。ロッザロンドで、太古の魔物・・・・・の残した怨魔石を。




「……大丈夫、落ち着いたみたいだよ」

「そうであればよいのですが」


 町の煙を見て、急に体内の濁塑滔が勝手な意思を持ったようにダァバに反発した。

 けれど、それも一時的なこと。

 改めて冷静に自分の体内に意識を巡らせる。



 少し違和感は残るが、突然に点火した熱さは消えていく。

 もうどこにもダァバの意思を無視するような力はない。


 心身を引き締め直した。

 何もない。濁塑滔の力は全てダァバに取り込まれ、ダァバの砕けた手も完全に治っている。



「平気だ」

「わかりました」


 パッシオは納得したらしく、短く切り上げる。

 余計な言葉を重ねればダァバの気分を害する。

 弁えた下僕としての振る舞いは、呪術関係の弟子とは異なり悪くない。呪術の適性がある者は変わり者が多い。




「あれらはどうなさいます?」

「うん」


 血の探査の魔法で指し示した方角。

 ダァバの血に連なる者を探して向かってきたが、飛行船より先に町に向かう集団がある。


「邪魔であれば」

「残っているそれ・・を使えばすぐに片付くけど」


 小型の飛行船に積んできた爆弾は、先の港町で全て使い切った。

 興が乗って、花火をばら撒くように使ってしまった。子供っぽい所は自分の悪癖かもしれないと思わなくもない。


 残っている爆弾に似たもの。

 どうしたものか。



「速度を落として、見物しよう」


 ダァバは子供っぽいが、短慮な愚者ではない。

 先ほどのような不測の事態もある。もうないと思うが、それでも警戒する。


「あれだろう。港町に流れ着いていた」

「その旗印かと」

「面白そうじゃないか」


 海を渡った軍と、燃える町。

 急ぐこともない。回り道をするわけでもない。


「何か食べながらゆっくり進もう」

「主の仰せのままに」



 急に荒れた意思にダァバも注意力を欠いていたのだろう。

 血の探査の魔法が指し示す方角が、進行方向の町から変わっていたことに気付くのは少し後になってからだった。



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