第五幕 56話 滅びぬ奸猾



 ギエロという冒険者がいた。

 カナンラダ大陸ルラバダール領の出身で、若い頃はエトセン近郊で暮らしていた。


 体格、才能に恵まれた男で、二十歳を過ぎる頃には上位の冒険者としての実力を認められるほど。


 ある程度、名を知られるようになった。

 悪名を。


 暴力に秀でた者なら珍しくもない。

 横暴な振る舞いで、しかし実力は町でもかなりの上位。


 それでも、まだ上もいる。

 勇者級、英雄級といった。非常に少ないが、ギエロよりも格上の人間もいないこともない。



 ある時、ギエロの度を過ぎた行いを咎める者がいた。

 古株の冒険者。準勇者級と呼ばれるような。


 さすがのギエロも分が悪い。

 しかし、身勝手な冒険者がギエロ一人に限るわけでもない。


 正義をぶつけギエロを叩きのめそうとした相手を、ギエロと共に返り討ちにする男たちがいた。

 気が合った。都合が良かった。


 アレク、ブーン。

 二人はギエロと協力するようになり、三人は冒険者パーティ『不滅の戦神』と名乗るようになる。



 問題が少し大きくなりすぎ、エトセンの守備隊などにも目を付けられるようになった。

 それからはエトセンを離れ、レカンの町を中心に活動するように。


 男ばかり三人。鬱憤が溜まることもある。

 女奴隷を買った。雑用と、欲望の捌け口に。


 町にいれば適当な女をどうにかすればいい。強引にでも。

 しかし探索中はそうもいかない。

 他にも都合がいいことに、影陋族は夜目が利く。無駄にはならないだろうと。



 一番金を払ったのがギエロ。

 ギエロは、買った奴隷の首に刻まれた隷従の呪墨を、さらに金を使って自分の血を混ぜたものに入れ替えた。


 そうしなくとも白い呪枷で命令は聞くが、他の二人ともどこでこじれるかわからない。

 そんな時に、この奴隷が一番に命令を聞くのが自分である方がいい。

 探索中に得た金目のものを、ギエロの都合に合わせて隠匿するのにもちょうどいいと。



 十年より前だろうか。ギエロはまだ三十になっていなかったはず。

 レカンの近くの町で、冒険者に絡まれた。


 駆け出しの小僧。

 自信満々な顔で、隣には田舎臭さの抜けない娘を連れて。



 ――お前たち。非道な振る舞いはやめろ。


 なかなかいい腕だった。

 一対一なら良い勝負になったかもしれないが、三対一。


 誰に恰好をつけようとしたのか、それを思って殺しはしない。

 連れていた娘は、手間賃代わりに遊ばせてもらった。遊んでやった。


 悔し涙を流す小僧を思い出し、酒を食らって嗤いながら。



 それから程なく。

 不滅の戦神は、黒涎山の洞窟に入った。

 きっかけはギエロももう覚えていない。良い稼ぎになるとか。


 竜退治の称号でも得ようかという話だったかもしれない。



 そして、壊滅した。

 アレクとブーンは黒涎山の魔物に殺され、ギエロは両腕を焼かれ命からがら逃げ戻った。


 奴隷は暗い洞窟の中、置き去りに。



 レカンの町では酷い扱いを受けた。

 それまでのギエロの行いからすれば当然とも言える。


 流れ、流れて。

 人の出入りの少ない村では、余所者の浮浪者など目立つ。


 気が付けばエトセンの町に。

 でかい町で、まともに働けないギエロでもどうにか食い物にありつくことが出来た。



 腐っていた。

 元々、だろうか。


 とにかくギエロは腐り、恨むほどの気力もなく。

 ただ死ぬのは嫌で、ふらふらと毎日を過ごしていた。




 腕の傷は、長い年月の中で徐々に回復していく。

 だが何かをする活力がない。



 きな臭い話が増えた。

 戦争だとか、騎士団に被害だとか。

 レカンの町が溶岩のような魔物に襲われたという話は、ギエロの心に久々に熱を注いだ。


 ざまあみろ。


 腕を焼かれ苦しんでいたギエロに石を投げたような連中だ。

 死んで当然。もっと苦しめばいい。


 溶岩のような不定形の魔物。

 嫌な記憶も過ぎり、またギエロの心を渇かせる。



 そしてこの戦争。

 エトセンの町も別に好きではない。

 死ぬのなら死ね。焼けるのなら焼けろ。


 ギエロが死ぬ前に、のうのうと生きていた連中が苦しむ様を見られるのは気分がいい。

 最高の娯楽だ。




 ふらふらと、いつものように。

 特に当てもなく、荒れ狂う町を彷徨っていた。


 そして見つける。


 見間違いかと思った。

 それにしては鮮烈にギエロの視界に飛び込んでくる。



 女。

 見覚えのある女。


 小綺麗になり、少し成長したようにも見えるが。

 ギエロの奴隷の、影陋族の女。


 名前など覚えていたことが不思議。

 曇りくすんでいたギエロの頭に、その瞬間に輝くように閃いた。



「よぉ……アヴィじゃねえか」


 女神の導きというのを、産まれて初めて信じた瞬間だった。



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