第五幕 50話 勝利の烟火
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烟:けぶり、もや。かすみ。
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油断をしていないつもりで、最後に抜けた。
今までにない最強の敵を倒したと。
抜けたのではない。別の心配があったのだ。
血に狂うアヴィ。その様子に気を取られた。痛恨の失態。
「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐!」
せめて放つ。放つしかない。
咄嗟に紡げた中で一番威力の高い氷雪魔法。個別の敵を撃つのでなければ、範囲辺りの凍結の力は一番強い。
浮かび上がる白光する球炎。
放たれた直後が最大火力ではない。
使用者を焼き殺さないようにという魔法の仕組みなのか。
メメトハの放つ冷気も、この小さな太陽にとっては涼風のようなもの。
近付くまでに蒸発し、ただ風で少し押し上げる程度の力までしか届かない。
多少は熱量を弱めているのかもしれないが、これでは。
倒れたセサーカは激しく咳き込んでいる。先ほどの簡易詠唱だってアヴィを守る為に無理をしていた。
トワの手には魔術杖がない。
アヴィは、最初に持っていた魔術杖をどこかに投げてしまっていた。
血に塗れた顔で、空に浮かぶ火の玉を見上げたまま。
手立てがない。
メメトハの魔法以外には。
「はあぁっ!」
離れた場所から裂帛の声。
同時に氷の矢が突き刺さる。白い火球に。
「ニーレか!」
「くっ、足りない!」
ミアデがニーレの背中を支えているが、それでも力が足りない。
何度も放つ。メメトハも力を込めるが、このままこの太陽が弾ければ、辺り一帯が焦土と化すだろう。
「おの、れぇぇっ!」
息絶えた女魔法使い。
こんな災いを最後に残して。
「GiYiiiAaaaa‼」
咆哮が轟いた。
アヴィが狂乱の――?
「っ!」
ではない。
アヴィではなく、メメトハ達が入ってきた南西の区画から。
一条の火閃。
メメトハ達の上空を貫き、白光する小太陽に直撃した。
「ラッケルタか!」
ヘズの町に置いてきたはずのラッケルタ。
その口から放たれた強烈な火閃は、メメトハ達の魔法と違って威力を損なうことなく衝突する。
小さな太陽が、町の北へ。
あちらにはまだ誰も攻め込んでいないはず。いくらか火の手は上がっているが、清廊族との戦いの火ではない。
「伏せよ!」
小さな太陽が膨らんだ。
ラッケルタの火閃がきっかけになったのか、違うのか。
どちらにせよ、メメトハ達の頭上から離れ町の北に流れながら。
破裂した。
「ぬうぅぅっ!」
「GuRaaaaaa!」
重い足音と共にラッケルタがメメトハ達の前に出て、その巨体の鱗で盾となる。
茫然としていたアヴィの前に塞がるラッケルタの影に、メメトハはセサーカを引き摺り込み、トワやミアデ達も隠れた。
吹き飛ばしてなお猛烈な火力。衝撃。
最後の命を燃やして放った魔法だ。この町を焼き尽くすような怨念を込めて。
さすがにこの広い町を焼き尽くすまでではないが、凄まじい。
「トワ、アヴィを捕まえよ!」
「わかっています」
棒立ちのアヴィにトワがしがみ付き、ラッケルタの巨体の影に隠す。
「ミアデ、ニーレ!」
「なんとか!」
「なんて魔法を……」
「Gu、Gieee」
熱に強いラッケルタでも唸る。
弾き飛ばした為に北側に炎が広がってくれたのは幸いだった。でなければまとめて死んでいた。
衝撃で、倒した姉妹の死体が肌を焦がしながら南に転がっていく。
死んでいる。力なく、ただ物のように瓦礫と共に。
ようやく爆風が止んだ時には、生きた心地がしなかった。
後に広がる様子を見れば、無理もない。
燃える町。
エトセンの北側の区画に猛火が広がる。
あちこちから聞こえる悲鳴と呻き。
それが人間のものとはいえ、こんな絵図を見て思うことは……
「……母さん」
町を焼く火に照らされたアヴィの表情は、何もなくて。
痛みがないと言っていた。今も腕が片方ないのに、何の表情も浮かべずに。
ただ、揺れる炎に照らされるまま。
「私、やったよ……ねえ、母さん……ちゃんとできる、から」
「……トワ、アヴィの腕をどうにか出来るか?」
「綺麗に切断されていますから。繋ぐくらいは出来るでしょう」
「ミアデ、せさ……ラッケルタの様子を見てやってくれ。ニーレ、セサーカを頼む」
「ああ」
無謀にもあの強敵に体当たりをしたセサーカは体を強打している。
苦し気な彼女をニーレに任せて、トワと共にアヴィの腕を見た。
「……アヴィ、腕を」
「うん、そうね」
何でもないように、ラッケルタの後ろ足辺りに落ちていた左腕を見て頷く。
「くっつけておかないと」
「……そうじゃな」
馬鹿者が。
生き物の腕や足を、そう簡単にくっつけたり生やしたりできるものか。
「不便だもの、ね」
「……」
トワでさえ少し薄気味悪そうに眉を寄せた。
流れている血の量も少なくはない。トワを促して、拾った腕を傷口に合わせて治癒の魔法を使わせる。
「ごめんね、ラッケルタ。辛かったでしょ」
「Gii」
ラッケルタの前足にも、まだ古くはない深い傷跡が見える。
港町の戦いで、敵の剣の名手に斬られたのだとか。
治癒したとはいえ、その足でここまで追って来たのか。メメトハ達を。
「……ラッケルタ?」
ふと、思う。
「おぬし、なぜここに……?」
「GuRuu」
答えるわけはない。ラッケルタは
そう、答えなど必要ない。
壱角だ。壱角の少女の為になら、腕でも命でも惜しくない者が――
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