第五幕 46話 知らず迷わず_1
強い。
思った以上に戦いに慣れている。
力だけならハルマニーの方が上なのに、崩しきれない。
ハルマニーのことしか見ていない。ハルマニーの拳に、足捌きに。全神経を集中して対処していた。
「このぉ!」
「くっ」
強く放った拳打の勢いに負け、たたらを踏む。
だが、続けたハルマニーの蹴りをくるっと回転しながらしゃがんで避けた。
その頭上に足を落とす。
「くぁっ!」
「ちっ」
落とした足は、交差した腕で止められた。
同時に、横から飛んできた棘玉のような氷の矢に、仕方なく飛び下がる。
さっき投げ返したから、今度は掴みにくいように矢を変化させたのか。面倒な魔導具だ。
影陋族の小娘と違ってハルマニーは他にも警戒が必要になる。敵の方が多い。
すぐ近くの区画で爆発するリュドミラの魔法。
他の連中が数に任せてリュドミラと戦っていて、その余波もある。場合によってはこちらに飛んでくる可能性も捨てきれない。
だというのに、この小娘はハルマニーのことしか見ていない。
そうでなければ既に仕留められていたはず。
他を考える余裕がないのか、それともよほど他の連中を信頼しているのか。
「生意気なんだよ!」
「どっちが!」
旋風のように回転するハルマニーの連続蹴りを、小娘が流して流す。
飛んできた矢を蹴り飛ばした。拳法娘に向けて。
氷の矢は相手を選ぶわけではない。
突き刺さる。
そう思った氷の矢を、拳法娘は掴み取った。
「なんっ!?」
「たあ!」
一気に崩そうと蹴りつけた足に、一部が握りやすいよう環になっていた氷の刃を叩きつけられた。
回転蹴りをしていたハルマニーには見えていなかった小細工。
「うぁっ!」
「ちっくしょう」
瞬間的にさらに力を込めた脛で蹴り砕き、拳法娘は後ろに数歩押し退けた。
足が痛い。切り裂かれはしなかったが、思わぬ痛手。
「やってくれんじゃんか」
「お前を殺す手段ならいくらでも考えるさ」
弓使いの狙いが鋭い。強く力を込めて引き絞る矢。
足の痛みもあり、一度下がって態勢を整える。
言葉も交わさないで妙な連携をするものだ。
「ほんっとに生意気な連中だぜ」
「だから、それはそっちだよ」
拳法娘がハルマニーに言い返す。
「アタシより小っちゃいくせに」
「なぁにぃ?」
格下の奴隷風情が、ハルマニーの背丈を馬鹿にした。
確かにハルマニーは姉のようなすらりとした体型ではないけれど、それは年齢の差があるからだ。
いずれはリュドミラに似た手足の長い美女になるはず。
「っざけんな! 身長とか乳とかはなぁ、いちいち気にする方がバカなんだ! そのうち大きくなるんだから!」
「そ、そっちじゃないよ!」
ハルマニーの苛立ちに、やや慌てたように言い訳を。
「お前、二十年も生きてないんだろ。あたしより全然小さいくせに生意気だよ。バカ!」
「ああぁ? あったり前だろバカはお前だバカ!」
「……どっちもどっちだと思うけど」
罵り合うハルマニーと拳法娘に、弓使いは油断は見せずに息を漏らした。
本当に、生意気な連中だ。
ハルマニーに対してこんな口を聞く人間はいない。いても限られている。
思わず言い返してしまった。これではまるで、年の近い女同士が喧嘩をしているような。
居心地が悪くて、悪い。とても悪い。
リュドミラはこんなハルマニーを許さないだろう。
「お前らが……父様と母様を殺したんだろ」
「……そうだよ」
問いかけに拳法娘は、やや沈黙した後に頷いた。
戦争をしていて、どこで殺したのがハルマニーの言う相手なのかわからなかったのか。
手を下したのが自分ではなかったと言いたかったのか。確かに、この小娘では母ゾーイを倒せたはずがない。
「だったら、アタシはお前らを殺す。文句があるか?」
「……そんな思いを、ずっとしてきたのがあたしたち清廊族だよ」
「うるせえ。アタシの母様は母様だけだ」
他はどうだっていい。
ハルマニーの両親を殺した。だから殺す。
奴隷だからとか、異種族だからとか。そんなのはどうでもいい。
「……どうして、その気持ちがわかんないんだよ。人間は!」
「るっせえるっせぇ! わかんねえよ! アタシは難しいことはわかんねえんだよ!」
考えたくない。天下無双の姉でさえ耐え切れないこんな悲しみが、他にもたくさんあるなんて。
尊敬するビムベルクが特別に扱っていた清廊族。それの同族と、ハルマニーの間に、共感する気持ちが存在するなんて。考えたくない。
考えたら戦えない。
ただ憎しみのままに。姉に従い、復讐の為に戦うだけ。
頭の悪いハルマニーに出来るのはそれだけだ。そうするしかない。
もし、それが出来ないなら。姉はきっと……ハルマニーを、許してくれないだろうから。
「お前らが父様と母様を殺した! だからお前らを殺す!」
「やらせない! 誰も!」
理解など出来ない。
人間と、影陋族。殺された者と殺した者。
理解も
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