第五幕 43話 山の愛し子
「ばっ、そんなんアリかよ!」
空を飛ぶなんて狡いと訴えるように。しかし関係ない。
「やぁ!」
駆ける。ソーシャがそうしていたように、風を蹴って走る。
斜め上、後ろから叩きつけたエシュメノの短槍を、それでもビムベルクは打ち払った。
空を高速で舞い、襲いかかったのに。
やはりこの男は強い。とてつもなく。
「……ほんとに、あれか。千年級の魔物だぜ」
やや距離を置いて床に降りたエシュメノに対して、少し震えた声で言いながら頷いた。
「確かにお前はあの魔物の娘だ。間違いねえ」
改めて武器を握り直して向き直る。
右手の傷から少し血が溢れ、止まった。
低く四つ足のように構えるエシュメノに対して、もう一度頷く。
「間違いないぜ。お前は人間を滅ぼす敵だ」
「……」
「そんだけの敵になったお前になら、遠慮はいらねえよな」
震えた。
空気が。
ビムベルクの立つ石床が震え、びりびりとエシュメノの肌も粟立つ。
「メシを掻っ込むくらいの時間しか持たねえ。終わったら疲れてまともに戦えねえが」
わざわざ教えてくれる理由は何なのだろう。
エシュメノがそれを聞いて時間稼ぎをなどと考えれば、その隙で倒せると考えたのか。
いや、何か色々と考えそうな人間ではない。馬鹿そうだから。
ただ単にあれだろう。これから使う力がこの男にとって少し卑怯な印象で、だから明かした。
「お前の母、千年級ソーシャを倒した力で、エシュメノ」
「っ」
「てめえを討つ」
向き合う。
睨み合う。
仇敵として、天敵として。
空の雲が抜け、また広間に光が差し込んだ。
沈黙は、本当はほんのわずかな時間。
けれど妙に長く感じられて、世界からエシュメノとビムベルク以外の音が消え去って。
「ソーシャァ!」
「があぁぁっ!」
強く駆けたエシュメノと、迎え撃つビムベルク。
ぶつかる直前にエシュメノが止まった。いや、回った。
ソーシャの蹄を軸に、くるりと左に。
「っ!」
エシュメノを捉えきれなかった濡牙槍により、石床が轟音をあげて崩壊し建物ごと大地に沈み込む。
激震が大広間を襲い、その振動はこの広いエトセン全域にまで広がっていく。それほどの一撃。
見切った。
エシュメノの目は仲間のうちの誰よりもいい。ビムベルクの必殺の一撃を見極め、ギリギリで躱して。
その体に、回転した勢いそのまま左の黒い短槍を打ち込む。
「あ」
返ってきた。
大地を砕き割り、建物周辺にまで激しい地響きを伝えた濡牙槍が。
これだけの力でも折れない。だからこその女神武器。女神の糸切り歯。
糸切り歯。紡がれる希望の糸を断ち切る牙。
それを自在に扱えるからこその英雄。最強の人の守り手。
「そ」
打ち付けた濡牙槍が下から跳ね返ってくる。
エシュメノの体を砕こうと。
避けられない。
ならばもう道は一つだけ。
左の黒い蹄が蹴った。
左の空間を蹴り、エシュメノを討つその濡牙槍より先に延ばした右の短槍が届くように。
小さな体ごと、巨漢のビムベルクにぶつけて。
「――――っ‼」
無音の衝撃が両者を走った。
エシュメノにも何があったのかわからない。
左の黒い短槍が飛んで行った。
右の短槍から伝わる肉の感触と、同時に全身を叩く猛烈な衝撃。
視界が白黒と明滅して、世界がぐるぐると回転して。
気が付くと、仰向けに倒れていた。
戦いの中、さらに崩れた建物の壁。
そこから青空が。
ゆっくりと過ぎていく雲が遠くに白く、うっすらとその向こうに見える峰。
そして、エシュメノから少し離れて立つ男。
傷だらけで、ぼろぼろで。
だがしっかりと床を……いや、もう床は砕け散り、今は建物下の抉れた地面、その土を踏みしめて。
「……また、こいつか……よ」
その右足に突き刺さっているのは、深い紫の螺旋の短槍。
よろめき崩れそうになる体を、白い巨大な武器で支えた。
「か、は……」
息が出来ない。
凄まじい衝撃で、満足に呼吸が出来ない。
「あん時も、この角に……っつぅ」
一歩、進む。
槍で腿を貫かれたまま、エシュメノに。
「ひゅ……ひょ、う……」
「苦しい、だろ。お前も……」
ずるりと、武器を杖にしてまた進む。
「咄嗟に体ぶつけてくる、たぁ……ちぃと目測が狂った……」
「びよ……ふ、う……の……」
「今、楽に……」
空気が漏れるように掠れる声。
仰向けになったまま、遥か遠い懐かしい
「ぜぇ……ぼ、うぅ……」
「……これで、終いだ」
英雄が立った。
倒れた魔物の娘の横に。白い武器を掲げて。
「悪かったな。お前の――」
「……より」
「なに?」
ニアミカルムの伝説の魔物は、家族を守る為なら負けない。
たとえその身を共に砕くことになろうとも、絶対に。
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次のエシュメノのセリフを予想して、応援コメントに書いていただけると嬉しいです。読者様ののコメントが後で意味を持ちます。
第一幕61話 戦いの頂_1 の最後の方を参考に。
『〇〇せよ』
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