第五幕 03話 勝ち得たもの



 負けて失うものは多い。

 勝って得るものが少ないことは珍しくもない。

 苦労と苦慮ばかりの戦後処理が大量などということも。



「忌々しいクズどもが」


 吐き棄てた。


「難民どもなど殺してしまえばいい」

「総督」


 非難する声に、総督と呼ばれた男がふんと鼻を鳴らす。



「そういう意見もわからんでもない、という話だ」

「民間人を虐殺して名を残されたいのなら止めませんが、私はその前に職を辞させていただきます」


 悪名に巻き添えはごめんだと。


「ネードラハの港を赤く染めた総督。戯劇にはなるかもしれません」

「いよいよとなればそれも悪くない」


 もう一度鼻で笑い、冗談だと首を振った。


 それだけの流血沙汰なら、確かに十年以内にロッザロンドの舞台で劇になるかもしれない。

 あることないこと脚色されて。



「イスフィロセの馬鹿どもが、せめて群衆の管理くらいは出来ていればな」

「各地で暴動が起きているということです。きっかけは食料不足だったようですが、溢れ出した難民がこちらにまで火種を広げていますので」

「おかげで軍の再編も影陋族の追撃もままならん」


 町を襲った影陋族は撃退した。

 本当なら軍を再編して追撃、ヘズの町を奪還したいところだが。

 西部から広がってきた暴動が、ネードラハ近隣の村々も襲っている。


 暴動に飲まれた群衆の心理は歯止めが利かない。生きる為に奪っていたのが、いつの間にか奪うことが当然の権利のように。

 他の人間もやっている。自分だってそうしなければ生きられない。

 そんな風に連鎖して広がる暴動。


 ロッザロンド大陸の歴史のある地域なら違ったのかもしれないが、ここは移民の暮らすカナンラダだ。



「いっそ影陋族どもがクズどもを殺しておいてくれればよかったものを、役に立たん連中め」

「総督、それはさすがに」

「だから冗談だ。ああ……そうでもないが、愚痴ということにしておけ」

「影陋族にと言えば、戦死した兵士のことですが」


 暴動への対応はしている。

 とはいえ、対処療法。ある程度まともな部隊を暴動が起きている地域に向かわせただけ。

 他にどうしようもない。もう少し落ち着けば別の対策も打てるが、今は情報が錯綜していて現状把握が先決。



「戦死した兵士のことですが」


 もう一度。

 政務官が暴動とは別の懸案を話題にする。総督の愚痴はあまり余人に聞かれない方がいいだろうと。


「魔石だと?」

「ええ、魔法使いの見立てでは同質のものです」

「人間から魔石だと?」

「ええ」


 前代未聞の事態。

 聞いたことも想像したこともない話。


 ある程度大きな……目安として人間の半分程度の大きさの魔物を倒すと、体内に魔石が生まれる。

 有していた無色のエネルギーが結晶化して魔石となる。倒した相手に取り込まれなかった分が。

 魔法の力で動く道具は、この魔石を燃料とする。


「試しに一つ、灯火に使ったところ魔石と変わりなく動きました」

「人間の命で灯りを点けたか。ぞっとせんな」

「ぞっとしますよ」


 死体の胸から、まるで体内の虫が食い破ろうとするように膨らみ、一部は本当に皮膚を破って出てきたもの。

 白い魔石。

 本来、人間からは生じないはずの魔石がなぜ。



 不気味だった。

 何かの卵――影陋族の卵なのではないかと、叩き割った者もいたようだ。

 怪談に影響されすぎだと思うが、笑い飛ばせるものは誰もいない。


 影陋族に殺された兵士が魔石を残した。

 確認された事実とは別に、未確認の不安が生じる。


 奴ら影陋族は、人間を殺して無色のエネルギーを得ているのではないか。

 成長し、強くなっているのではないか。

 先ほど総督が難民を影陋族が殺せばと言ったわけだが、それも危険かもしれない。



 総督も政務官も、ある程度事情を理解している軍幹部も、皆がほとんど同意見だった。

 辻褄が合う。

 計算が合う。


 今までになかった影陋族の攻勢。猛烈な反撃。

 本来、人間同士の殺し合いと同様に、影陋族との殺し合いでも無色のエネルギーの移譲は起きないはずだった。


 まるで魔物との殺し合いのように、それが発生する。

 魔物のような特性を得た影陋族。だからこれだけの力を保有し、ネードラハまで攻め入るに至った。


 いや、この場合魔物のように狩られているのは人間側なのか。

 影陋族から見て、数多く生息する獲物として。




「ミルガーハ家の魔石も、死体……遺体の近くにあったものがそれかと」


 損壊は酷かったが、遺体は家に返した。

 軍に協力して戦ったのだから、その死体を足蹴にはしない。

 主要人物が亡くなったとはいえ、これがミルガーハ家の全てではない。大きく力を削いだことはネードラハ行政側とすれば悪くない結果だとも言える。


「見つからなかったリュドミラ・ミルガーハ以外、ですが」

「中身はともかく美しい娘だ」


 有名な娘だから総督も記憶している。


「手足を捥がれ犯されていても不思議はない」

「影陋族の復讐ですか」


 これまで人間が行ってきたことを報復として行う。

 今なお多くの影陋族がそんな仕打ちを受けているのだから、それ以上の凄惨な仕打ちをするのも当然。

 ましてミルガーハ家の人間となれば、復讐の対象とすれば筆頭に挙げられる。



「蛮族のやることだ。指の先から擂り潰し、性器を火箸で貫くくらいはするだろう。己の手足を魔物に食わせるところを見せつけるというのも」

「やめて下さい、よくまあそんなことを……乱暴な気持ちになるのはわかりますが」


 惨たらしいことを気晴らしのように口にする総督に、政務官が口元を押さえて目を閉じた。


「ミルガーハ当主の遺体と一緒に、それらの魔石も返しておきました。指示の通り」

「こちらで保管して後で何か言われても面倒だろう。それに……」


 隠匿して後で説明を求められても困る。

 説明など出来ない。ただ当主らの魔石らしいと押し付けた。


「この屋敷に置いておくなどまっぴらだ」

「確かに、忌まわしい祟りで夜ごとうなされそうですから」


 魔石にミルガーハの力とか魂だとかが残っているとすれば、あまり近くにあってほしくない。



 迷信はどこにでもある。船乗りには特に気にする者も多い。

 政務官も総督も船乗りではないが、人間の死体が生じた前例のない魔石を気持ちよく見られるわけもない。

 恨みを残し祟りでも起こすのではないかと、なるべく触れたくないのが普通の感性だ。


 兵士の魔石は兵舎隣の倉庫に集めてあるが、ミルガーハ家のものは遺体と一緒に返した。押し付けた。

 残った魔石をどうすればいいのか。まさか魔物の魔石と同じく町の動力として使うわけにもいくまい。かといって捨てるのも。

 頭の痛い問題に総督は荒れるし、政務官は辞職したいと願う。



 今の段階では何も出来ない。

 町の呪術師に聞いても人間の魔石のことなど知らなかった。

 本国に報告を上げて詳しい調査をしてもらうのがいい。次の船便で保管している魔石を全て送るという案もあった。

 祟りで船が沈むかもしれない。その時はそれでも構わないと。




「……?」


 部屋の外から慌ただしい足音が近づいてきた。

 この上まだ何かあるのかと、総督と政務官はお互いの顔に浮かんだ表情が同じであることを確認する。

 上司と部下の意思が同じ方向を向いているのは、組織とすれば健全なのかもしれない。


「失礼します!」


 出来れば聞きたくない。

 だが緊急を要するらしい伝令は答えを聞かずに扉を開けた。


「総督閣下、ご報告申し上げます」


 一応は手順に従い口上を述べてから。

 総督が面倒そうに顎で続きを促した。



「南西から接近する影が確認されています」

「?」


 船だろうか。


 嵐の後を追うようにロッザロンドを出てきたとすれば、ずいぶんと無茶をする。

 船足を考えれば、海上で嵐に巻き込まれていたのではないか。

 沈没する危険もあっただろうに。


「本国からか? それともイスフィロセの船か?」


 わざわざ報告に来たということは、民間の商船などではないのだろう。

 軍艦らしいものを灯台守が見つけて、予定外のことだと報告を持ってきた。

 航路を考えればアトレ・ケノスか、そうでなければイスフィロセの軍艦かもしれない。



「二隻……というか、別々にということです」

「別?」


 要領を得ない報告。


 伝令の兵士も頭の中の整理がついていない。

 気を取り直して、わかっていることから明確に話そうと自分の頬を張って仕切り直す。



「一方は、ルラバダールの軍艦と思われます」


 船の形にも特徴がある。

 アトレ・ケノスとルラバダールでは軍艦の形状も違う。


「嵐に巻き込まれたのか、帆柱が折れていてはっきりしませんが」

「そうか。この時期に海に出るなど、勇猛さと無思慮を取り違えている連中ならやりそうだな」


 近海ならともかく、三十日近くかかる大陸間航行なら普通は時機を選ぶだろうに。

 もう少し待てば冬まで比較的天候が安定する。

 待てない事情があるとは思えない。イスフィロセなら、壊滅した自領の復興の為に急ぐ理由もあるが。



「それともう一つが……」


 別口というのだから方角が違う。

 嵐に遭い漂流してきたルラバダールの軍艦とは違う方角から迫る何か。


「南西の、空から近付いてきています」


 方角よりも明確に高度が違った。



「……? 飛竜騎士、か? いや」


 いくらなんでも飛竜騎士が単騎で海を渡るはずがない。

 大海を飛び続けられるわけもない。途中、無人島などで休憩を挟むとしても無謀としか言いようがない。


 総督に視線を向けられた政務官が頷きかけて、首を斜めに傾けた。



「噂のイスフィロセの空飛ぶ船……あれは嵐の中を飛べるとは思いません」


 昨年、コクスウェル連合が滅ぼされた際の情報は集めている。

 目撃した者の話からすると、風に左右されるような様子だったと。

 つい先日ここを通り過ぎた嵐は、海上でも相応の猛威を振るったはず。


 空飛ぶ船というのがどれほどのものかわからないが、飛竜でさえ飛ぶのを躊躇う嵐の中、海を越えるなど出来るものなのか。

 航海に出る以上に無謀な気がする。


 空飛ぶ船は、建造する費用も材料も普通の船とは比べ物にならないだろう。

 勝ち目の薄い博打に使うとはとても思えない。



「大きさは飛竜より少し大きい程度と思われます。見張り台の遠眼鏡で見る限りですが」

「小さい、ですね」


 聞いている話よりかなり小さい。


「速度は飛竜並かと思われるとのことです」


 大きさも速度も、報告に聞いているものとは違う。

 だが、イスフィロセに関わりのあるものと見ていいだろう。

 小型化した別の種類だ。



「いかがしましょう?」

「……残っている兵で動けるものを集めよ」


 あちこちの暴動鎮圧に派遣してしまった部隊もあるが、ネードラハに残している兵も少なくはない。

 また影陋族が特攻を仕掛けてこないとも限らないのだから。


 難破船の敵軍と、小型の空飛ぶ船。

 対処するのには十分だろう。


 まさか、過日の影陋族を超える災厄を乗せているはずもなし。



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