第四幕 098話 希望の戦士_2
リュドミラがミアデを撃つ魔法を紡ぐ。口を開きかけたと同時に。
咆哮が轟いた。
「母さんはいない‼」
嵐の空を嘆きが貫いた。
「母さんはぁ! WuooooAaaaaa!」
魔物のごとき咆哮が響いた。
ごろりと、ティアッテの前に転がるものが。
「お前たちなんかにいないYiiiiHuaaaaaaa!」
魔物の狂声と共に転がってきたものが、リュドミラを映す。
光を失った瞳に、娘の姿を映し。
娘が、転がる首を瞳に映して。
「かあ、さ……」
「――。谿峡の境間より、咬薙げ亡空の哭風」
「ティアッテ!」
敵に対して一切の容赦のない魔法はセサーカだ。
ただ、その容赦のなさはティアッテに対しても変わらなかった。
既に戦力として見做せないティアッテが敵との間に伏せていて、けれど千載一遇の好機。それを見逃さないセサーカは、一流の戦士ということだろう。
ミアデは違う。
徹しきれない。甘い。
敵を討つことよりもティアッテを助けようとした。
セサーカが魔法を放つ直前にティアッテを抱きかかえて飛んだ。
そのすぐ後ろを、嵐を極度に凝縮したような風の塊が通り過ぎる。
「母様、が……っ!」
リュドミラは放心していた。間違いなく。
母の首が転がるのを見て平気でいられる子などいるものではない。
リュドミラも、母の前では娘に過ぎない。
しかし彼女は戦いに愛された娘でもあった。
無意識のまま、片手の魔術杖を振り上げ、振り下ろした。
「ああああぁぁぁ!」
「そんな!?」
ただの力技で、振り下ろした魔術杖の衝撃がセサーカの魔法を砕き、そのままセサーカの体を打つ。
「きゃあぁっ!」
「セサーカ!」
はっと振り返るミアデの顔は、ティアッテを心配した時と比べてどちらが切迫しているのか。
そんなことを比べている場合ではないのに、耳元で聞いたミアデの声に思わず胸が苦しくなる。
「影陋族どもが……父様だけでなく母様まで……っ!」
「く、うぁ……」
呻くセサーカの手に魔術杖はない。今の衝撃で吹き飛ばされた。
立ち上がろうとして、げほりと血の混じった唾を吐く。
放っていた魔法で衝撃が相殺されていなければ即死だっただろう。
「皆殺し、ですわ」
リュドミラが呟く。
「貴様ら影陋族は、全て……全て殺します。わたくしが、この手で」
宣言して、歩を進めた。
セサーカに向けて一歩。
同時に雷光が、その背中を照らす。
怒りに震える女神の姿のように。
「「遥か深き霊廟の奥殿より、劈轟せよ砕禍の雷哮」」
立ち上った。
地上から暗天を貫く大樹のごとき雷が。
白く、輝いた。
「……何、が」
後には何も残らぬまま。
ティアッテも見たことがない。何が起きたのか理解が出来ない。
「アヴィ様……」
ミアデが呟いた。
「……アヴィ様」
セサーカも呼ぶ。
セサーカの後ろに立ち、彼女が手にしていた魔術杖を掲げる女を呼んだ。
「……」
どさりと、その場に倒れた。
「アヴィ様!? しっかりなさって下さい!」
胸を押さえながらアヴィに駆け寄るセサーカと、立ち上がろうとしてミアデに縋るティアッテ。
「どうにか、なった……よう、じゃの」
「メメトハ! 無事だったんだね、良かった」
「幸い、腹を殴られる、のは……慣れておって、な」
腹を押さえながら、アヴィとは逆から姿を現すメメトハ。
素直に無事とは言えないが、生きて歩いている。
手にしているのは、リュドミラが落とした片方の魔術杖か。
「……アヴィが、意識を失っているのを感じたのじゃ。敵の気配と、雷の匂い。妾の意思があの馬鹿者に伝わるかは賭けじゃったが」
「共感の魔法、でしたか」
腑に落ちる。
氷巫女は共感という特殊な能力を持っていると聞く。
戦いの最中、我を失ったアヴィにそれを用いた。
そしてメメトハと共に、今の天雷のごとき魔法を使ったということだと。
「よく、それほどの力を」
「少し違うようじゃ、ティアッテ」
メメトハが首を振る。
「雷の力は大地や天にある。妾の魔法はそれを集めているだけ、というようじゃな」
「そう、ですか」
今の魔法についての解説というか分析なのか。
メメトハ自身、己が使った魔法について理解が追い付いていない。
だから考えをまとめるために口にした。
「道理で、何度試しても使えぬわけじゃ」
条件が揃わなければ使えない魔法だったらしい。
「……敵は」
「たぶん、今ので最後だけどアヴィ様が」
「……」
アヴィを抱き寄せ声をかけているセサーカだが、アヴィが応じる様子はない。
完全に意識を失っている。
その直前の慟哭が彼女だったとすれば狂乱していた。意識がないのはむしろ幸いかもしれない。
「……皆と合流を」
「うん、メメトハ歩ける?」
「走れと言われればつらいところじゃ」
セサーカがアヴィを抱き上げ、メメトハは落ちていたアヴィの黒布と棍棒を拾った。
「ティアッテ、痛いかもしれないけど」
優しい声。
ミアデがそっとティアッテを抱く。
「あの……ミアデ」
強がれるほどの力は残っていない。
だから、ミアデの温もりに甘える。
「助けてくれてありがとう、ティアッテ」
「ミアデ、あの」
まだ戦いは続いている。今のティアッテはただの足手纏いでしかない。
けれど。
「……ティア、と。呼んでもらえたら」
我が侭を言ってもいいだろうか。
甘えてもいいだろうか。
こんな時なのに。
「ありがとう、ティア」
「……ええ」
ああ、そうだった。
ずっと忘れていた気持ち。
誰かの為に戦い、感謝の言葉を聞く。
昔はそれだけで報われた気持ちになったのだと。
「ありがとう、ミアデ」
守りたいと思った彼女の胸で、安らぎと共に眠る。
意識が途切れていく中、忘れていた幸せがティアッテを包み込んでくれた。
※ ※ ※
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