第四幕 095話 嵐裂く翼_1



 血肉を分けあった肉親。

 砕けたユキリンの鱗を食らい、千切れかけたウヤルカの腕を食わせて。

 もう一度飛ぶ。共に。


 左腕はもうない。かろうじて繋がっていた部分を断った。

 右に手にするのはかつての強敵の武器。

 忌まわしい呪術の薬を食らい、泥水に混じった治癒の薬を飲んだ。


 頭を掻き回そうとする暴力的な怒り。

 ユキリンのひんやりとした鱗の感触を背中に、我を失わぬよう耐える。


 何かを手にして頭を抱えていたと思ったら、どこかで拾った小さな遠眼鏡だった。

 苦痛がちょうどよかったのだろう。ウヤルカが自分を失わぬ為には。



 苦痛が消えて、荒れる空を見上げる。

 敵の飛竜騎士を見つけた。


 そして気付く。清廊族でもないのに、よくもまあ暗がりで正確にウヤルカを発見した。それはあの兜の力だと。



 体のあちこちにユキリンと同じ鱗と、失った左腕の代わりになのか耳の上あたりに小さな尻尾のようなものも。

 それがウヤルカの目に遠眼鏡を当てたり外したり。悪くない。


 片目も結局見えていない。治癒薬でも治せなかったか。

 仕方がない。今一度戦えるだけでいい。

 この強敵から皆を助けることが出来るのなら。



「はあぁっ!」

「ふっ!」


 交差するたびに猛烈な衝撃が環となって周囲の雨粒を弾き飛ばす。


 強い。

 限界を超えたウヤルカの打ち込みに負けない力で戟を振るう。

 交わる一瞬のうちに、左右からの連撃がほぼ同時に打ち込まれるなど。


「速いのう!」

「貴様が言うか!」


 手にした槍の切っ先と柄でそれを弾き返し、すれ違いざまに賞賛の言葉が漏れた。



 楽しい。

 ユキリンと共に人間と戦ってきたが、これまで楽しいと感じることなどなかった。

 薬の影響なのかもしれない。


 もっと出来るはず。そんなもどかしい気持ちから解放されたから。

 腕を失ったのに今まで以上に体が動く。燻っていた力が存分に体に湧いてくる。

 最高の自分の戦い。そしてそれに見合う敵がいる。

 二度とあることではあるまい。どちらにしろ、次はもうない。



 何度も上空でぶつかり、離れ。

 主戦場から少し遠ざかりながら、ただ好敵手と打ち合う。


 モズ・モッドザクス。

 ウヤルカは、西部での戦いに加わるまで人間と関わったことはなかった。その後も関わった相手はただ敵でしかなかった。


 刃をぶつけ合いながら、何となく伝わるものもある。

 ウヤルカが守ろうと思う気持ちと、モッドザクスのそれとに違いなどない。

 ただ立場が違うだけ。


 憎しみではない。

 こういう戦いもあるのだと初めて感じた。

 強敵に見合うだけの自分と、最高の自分と戦える強敵と。

 ルゥナ達には悪いが、初めて戦いを楽しむことが出来て嬉しかった。



「ぬおぉ!」

「ちぃっ、ユキリン!」

「QuEeee!」


 重さが違う。飛竜と雪鱗舞では。

 加速した飛竜の勢いが強く、ウヤルカが耐えきれてもユキリンが押される。

 柔軟な動きである程度は衝撃を和らげていたが、モッドザクスの方がそれに慣れてきた。


 飛竜の旋回は大きいが、それも加速に活かして叩きつけられる戟。

 衝撃を逃がしにくいよう角度も計算している。やはり只者ではない。

 片腕のウヤルカは、力は爆発的に増したがどうしても受ける姿勢に制限がある。



「その力、焚き鼓を使ったのだな」


 ウヤルカの力についてモッドザクスの方が答えを見つけた。


「飲み薬は影陋族に効きが弱い」


 トワがそんなことを言っていた。

 摂取する薬の効能は人間と清廊族で強さが違うと。

 体質の問題なのだろう。薬効が抜けるまでの時間も違うとかそんなことを。



「本来の焚き鼓の力であれば、最初の一撃で私が死んでいただろう」


 ヘズの町で見た敵がこの薬を口にした時、まるで別の生き物になったかのような極端な強さを発揮した。変貌した。


 今のウヤルカは違う。

 急に強くはなったが、一段階二段階と言うくらい。別の生き物という風ではない。

 あくまで人間向けの薬。本来の効果を発揮しなかったのかもしれない。

 言われてみれば、あの兵士たちのように正気を失うほどの力ではなかった。



 ――真なる愛の呪術の業! 幸いあれ!


 呪術師は自分の心臓を材料にする際にそう叫んでいた。

 ただ狂っているのかと思ったが、別の意味があったのかもしれない。



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