第四幕 094話 荒天に煌めく_3



「おんしの目が良すぎる思うたんじゃが。道理じゃのう」


 顔の半分を覆う鱗のような何かから小さな筒が飛び出している。ぎらりと光る。

 簡素な遠眼鏡。


「その兜、魔法の道具じゃけえ。夜でも遠くてもよう見えるっちゅうわけじゃ」

「……」



 モッドザクスの兜。黒い鋼に金縁をあしらったこれは、看破された通り魔導具だ。

 飛竜にも似た兜を着せているのは、恰好を整える為と敵に誤認させるため。モッドザクスの戦果はこの兜による視野強化によるところが大きい。


 暗くてもよく見える。

 遠くても正確に見える。

 飛竜で遠距離からの強襲を仕掛ける為には非常に有用な兜だ。



「……死んだはずだが」


 泥が落ちて、敵の姿を確認してさらに疑問が深まる。


「ミルガーハの娘の魔法で死なぬはずがない」

「おお、死んだでぇ」


 肩から羽織る衣服は、腰から下は焼き尽くされて何もない。

 半裸というかほぼ全裸で、白い魔物の背に立ち。


 片方の袖は、風にたなびいている。

 肘辺りから垂れたのは、雨の雫ではなく血だったか。



「けんどもなぁ」

「……」

「人間残して死んでいられるほど暇やないんじゃ」


 反対の残った手に握るのは、白銀の槍。見間違えることはない、竜公子ジスランの槍だ。


「ウチの役目じゃけえ」


 槍を突きつけた。モッドザクスに。


「おんしを殺さんとルゥナが死ぬ。ありゃあウチの大事なおっぱいなんじゃ」

「……たわけか」


 ふざけたことを、ボロボロの体で。



「ジスラン様の槍を、汚い手で」

「ウチも槍は慣れんけんども、贅沢言ってられんじゃろ」


 だってなぁ、と続けた。

 にやりと笑う。その頬は白い何か――



「おんし、そのジスラン様っちゅうんより強いじゃろうが」

「……」


 比べたことはない。

 そんな機会がないのだし、不遜なことでもある。



 飛竜騎士として本国で燻っていたモッドザクスに、ネードラハへの配置を手配してくれた恩がある。

 いずれジスランの力にと言われて、その機会はとうとう得られなかった。


 しかし、思う。

 今のモッドザクスの力は、ジスランをも上回るのではないかと。

 考えたことはあった。



「ウチはあれとも戦ったんじゃ」

「……そうか」


 嵐の中、羽ばたき向かい合う二騎の騎士。


 雷光が、双方の姿を照らし出した。

 服がないためによく見える。日焼けした肌に所々浮かぶ白い部分はなんだろうか。鱗のような。



「ネードラハの飛竜騎士、モズ・モッドザクスだ」


 敵が認めてくれた。モッドザクスの力を。

 だからだろうか。思わず下の戦場のことを忘れ、ただ対する女戦士にだけ目を向け名乗った。


「クンライのウヤルカゆう……いんや」


 再び空を走った雷光が、雨に濡れた女の体を照らす。


 ああ、なんだ。

 違う。認められたとかそういう理由ではない。


 美しいと感じた。

 敵のこの女戦士の、決して洗練されてはいない姿を。

 だから名乗ったのだ。名を覚えてほしいと。名を教えてほしいと。



白鱗びゃくりんのウヤルカと、文字通り血肉を分けた妹のユキリンじゃ」


 隻腕の女戦士。

 その肌をかさぶたのように覆う鱗。白雪のごとき鱗が、再び雷光に煌めく。



  ※   ※   ※ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る