第四幕 083話 嵐の騎士
ロッザロンド大陸最大勢力であるルラバダール王国でさえ、アトレ・ケノス共和国に対して無茶な侵攻はしない。
国力的に一蹴できるほど弱くないこともあるが、何よりの理由は飛竜騎士の存在だ。
機動力に極めて優れた飛竜騎士。
敵軍の動きを察知して的確な対応を取ることが出来る。
敵の弱い部分に対して一撃離脱の急襲を仕掛けることも可能だ。
飛竜騎士の数は多くなく、国軍でも常に三百を保つのが精一杯。
その三百で国力的に勝るルラバダールに睨みを利かせるのだから、飛竜騎士というのはアトレ・ケノス国民から高い人気を誇る。
現在、カナンラダ大陸に常駐するのはたったの三騎。
国軍から断られ、泣きつかれた旧王家から貸し出される形で駐留するようになった。
この土地は飛竜の繁殖に向かない。
飛竜は二百年ほど生きるが、騎士の方はそうはいかない。
十年ほど赴任したら本国に帰り、遠隔地での勤務の分だけ高い役職をもらえるのが常だ。
モズ・モッドザクスは十七の頃にネードラハに赴任し十五年ほど経つ。
本来、十年で本国に戻るはずが、少し有名になり過ぎた。
領民から特に強く慕われ、ネードラハを治める州刺史から請われて任期を延長している。
大嵐の中でも構わず飛ぶ飛竜騎士は、本国でも数えるほど。
荒れ狂う風は飛竜にとっても厳しい。下手をすればバランスを崩して落下するし、勘の悪い者は雷に打たれる。
モッドザクス以外の二名の飛竜騎士は、この嵐の中で満足に戦えるまでの腕ではなかった。
いつでも出られるよう待機しているが、もう少し風が弱まらなければ出るだけ無駄だ。
無駄死にさせられるほど飛竜騎士に余裕があるわけではない。
十七で飛竜騎士として海を渡った。
異例なことだ。
普通なら、その年齢なら駆け出し程度の腕。なんとか飛竜に乗せてもらっているという不格好な姿が多い。
モッドザクスは若くして飛竜を巧みに操り、周囲の者から浮いていた。
人間関係の軋轢もあり、新天地に渡ったのは正解だったのだろう。
当時、仲の悪かった同僚や上官を見返してやろうと研鑽を積んできたが、ネードラハで多くのものを得た今ではあまり本国のことを思い出すこともない。
敵にも飛竜騎士がいた。
種族は違うが、カナンラダの山脈に生息する竜種の魔物に乗った戦士。
空を飛ぶ魔物なら海でも戦うが、それに騎乗する戦士相手は初めてだった。
訓練とは違う、空中での実戦。
必殺の一撃だったはずが、まさか躱されるとは。
飛竜ほど速度はないが俊敏で小回りが利く魔物と、思った以上に目も腕も良い女戦士。
急襲と離脱を旨としているモッドザクスは急旋回が出来ない。
落とした敵を確認した時には、奴隷商の一派が戦っているところだった。
ここでモッドザクスが介入するのは邪魔になる。
手助けが必要かどうかと考えても、あれらは異常な一族だ。
少しはあの一族に被害が出てくれた方が、ネードラハ行政側とすればプラスと見る部分も。
ネードラハの軍人であるモッドザクスとして優先すべきはそちらではない。
軍主力が、影陋族の本隊とぶつかっている。
わずかな手勢の方はミルガーハ家に任せて主戦場に目を向けた。
正直に言えば。
飛竜が怖がるのだ。あのリュドミラという娘に近付くのを。
リュドミラに怯えさせられる。特に何をするでもなく魔物に恐怖心を抱かせるあの娘に、モッドザクスも近付きたくない。
「……」
機会を窺う。勝敗を決定づける瞬間を見定める。
そこに一撃を放つのがモッドザクスの役割だが、主戦場は拮抗していた。
やはり数は大したことがない。
三千に足りない程度。
ネードラハの軍は一万を越え、まだ数万の兵が控えている。
前線で暴れている白い大楯の少女は、噂に聞く氷乙女か。
警戒すべき戦力として軍の選り抜きの精鋭が当たっており、抑え込めている。
ドラゴンが火を吐いた。
それと相対しているのは、これもまたミルガーハ家の現当主。
ドラゴンと、勇者級を超えるほどの動きを見せる小柄な戦士を相手に。
心配が必要な老体ではない。剣聖と呼ばれるニキアス・ミルガーハなら心配する必要はないが、むしろそれと戦えている影陋族に驚く。
竜公子ジスランやムストーグ将軍を倒してきたのだから、このレベルの戦士がいるのも不思議はない。
敵の斥候を発見して先手を取れたことで消耗戦になったのは幸いだ。
相手の思惑で戦わされたら被害は甚大だった。ミルガーハ家がいなければ敗れていたかもしれない。
あまり商売人に借りを作り過ぎるのは好ましくない。
今でさえ、この町の本当の主はミルガーハだと言われているのに。
非合法な船便が出ているのを確認しても、取り締まってはならないとか。
ますますミルガーハ家の専横を許すことになりかねない。
それを嫌い、敵対関係にあるルラバダール王国エトセンにまで協力を依頼したが、断られた。
意外ではないが、落胆はした。
人にも町にも過去があり、今から手を取ろうと言って即座に応じるわけもない。
当たり前のこと。
嘆いていても仕方がない。
モッドザクスに出来ることは、戦況を決定づける一撃を打ち込むこと。
二度、三度では警戒される。
最初の一撃で、敵の主軸を砕く。
大楯の戦士は、あれは主力かもしれないが軸ではない。
ミルガーハと戦う魔物使いは軸かもしれないが、ミルガーハが太刀を抜いている。あれは近づけない。
あの場に声もなく急襲すれば、飛竜が太刀で真っ二つにされる可能性も。
弓の戦士。
包丁の……包丁の? 少女?
目の良さには自信があるはずのモッドザクスだが、さすがに目を疑う。
短剣とかではない。包丁だ。民兵か何かなのか。だとしても他に武器もあるだろうに。
主戦場から遠く弧を描きながら低空を飛ぶ。
連中は夜目が利く。暗い空でも見つかるかもしれない。
地平線や、遠くの山の稜線に近い辺りを猛速で横に飛べば見つけにくい。
大嵐の中で交戦しながらモッドザクスの位置を確認するのは不可能だろう。
「あれだな」
モッドザクスの耳に敵の声は聞こえない。
人間の軍なら、将はそれらしい恰好をしていることもある。
魔物の群れで言えばリーダーは一際大きかったりするが、影陋族ではそうした見分けが出来ない。
だが、集団を動かす波がある。
やや前方の一点から、指示を受けて右に、左に。
あるいはネードラハ軍が崩しかけた所にその点が移動して押し返し、また戻る。
「これも女か」
氷乙女とかいうのも女だが、影陋族の強戦士はどうも女が多いらしい。
リーダーと思しきそれを見ていれば、剣を使うかと思えば魔法も放つ。
自ら戦線を立て直し、味方に任せて一歩引いた。
「蛮族の酋長にしては大したものだが」
開かれてしまった戦端に対してよく持ちこたえている。
影陋族の軍も想像以上に精鋭揃い。むしろこれだけの戦力がありながら、今までただ蹂躙されるだけだったことが不思議なほど。
「しかし、ここまでだ」
向きを変えた。
主戦場から遠ざかるように。
「私が断つ」
離れた場所から、空高く舞い上がる。
「きさまらの、過ぎた望みを」
風を裂き、打ち付ける雨を物ともせず。
天空から敵軍の一点に狙いを定めた。
「容赦も油断もせん。私の全力で」
最強の飛竜騎士モズ・モッドザクスの槍の穂先は、たとえ稲妻の直撃があってもその狙いから逸れることはない。
巨大な攻城弓を遥かに凌ぐ力で放たれた。嵐の空から、指揮を執るルゥナに向けて。
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