第四幕 082話 断ち切る連鎖



 ネネランの目から見て、エシュメノの成長は異常な速さだ。

 身体的な成長はほぼない。けれど力に関しての成長度は仲間の内で突出している。


 出会った頃、アヴィの力は群を抜いていた。

 そのせいかアヴィが強くなったという印象は少ない。元々が強かったからなのかもしれないが。


 知り合った頃のエシュメノは、アヴィやルゥナより明らかに弱かった。

 けれど、冬を越える頃にはルゥナに追い付き、アヴィに迫るほど。

 人間との本格的な戦いを乗り越えるたびに、また一段と強くなっていく。


 力を失う呪いを解いたアヴィは、確かにさらに一回り強くなった。

 そのアヴィにさえ、今のエシュメノは近付きつつある。

 置いて行かれないようにネネランも必死だ。



 ラッケルタは、皆がくれる命石を食べることで強くなる。

 魔物は食べたものの力を少しずつ取り込むと言う。命石は小さな塊なのでたくさん食べられて効率がいい。


 本来の魔物としての生態とは違い、急激に力をつけることはラッケルタの体には負担かもしれない。

 けれど今は道を選べない。強くならなければラッケルタも生きていけない。



「どぉりゃ!」

「やぁ!」


 重量と勢いで叩きつけられる鉄鎖は大岩でも砕くほどの破壊力。

 受け止めたら伸びた先が曲がって襲ってくる。なんとも厄介な攻撃だ。


「むぅん!」


 エシュメノは鉄鎖を払い落としながら敵に迫るが、今度は引き上げた鉄鎖が下から襲う。



「させません!」


 落ちた鎖の先をネネランの魔槍が大地に繋ぎとめ、力で負けそうになるところをラッケルタの爪が抑え込んだ。


「ドラゴンと力比べはしたことがないわい」


 雨の中、老ミルガーハが嗤う。

 手元に余らせていた鎖の分だけ身を翻して、突っ込んできたエシュメノを避けた。


「どうじゃ、のぅ!」

「くっ」

「GuGiii!」


 思い切り引っ張られ、地面に縫い留めた槍が抜け、鎖を踏んでいたラッケルタが引き摺られる。



「なかなか強いもんじゃ」

「お前なんか!」


 転進して槍を突き立てるエシュメノ。

 その穂先を、ピンと張った鎖の環で受け止めた。


「っ!」

「至極」


 続けざまに反対の手の槍を突き出したエシュメノに対して、ミルガーハは慌てず同じように鎖で受ける。


「単純、真っ直ぐじゃの」


 ネネランごとラッケルタを引き摺るほどの力と、老練な技を併せ持つ男。

 ぎゅるりと、双槍を鎖で巻き取ろうとしたミルガーハだったが、一瞬早くエシュメノが後ろに下がった。



「ラッケルタ、いい!」

「GiA!」


 エシュメノの呼びかけに応じてラッケルタも鎖を押さえるのを諦め、手を引く。



「魔物と通じるというのは本当じゃな」


 自由になった鎖を引き戻しながら勝手に納得をしている。

 壱角ではないラッケルタは、この男が思っている伝承とは違うのだけれど。

 わざわざ教えてやる義理もない。


「うまく息が合っておるわい。いい船乗りのようだの」

「船なんて乗ったことない」

「ならば儂の船に乗せてやろう」

「別に……乗りたくない」


 わずかな逡巡があった。

 興味があるのかもしれない。好奇心旺盛なエシュメノなので。


 こちらの様子を見ながら鎖を引くミルガーハと睨み合う。

 大事なエシュメノを渡すつもりなどない。ネネランの命に代えても。



「ラッケルタ!」

「GaaaRuaa!」


 ネネランの声に応えて、鋭い火閃を吐きだすラッケルタ。


「ドラゴンらしいわい」


 敵は驚いた様子もなく、片手で鎖を振り回して火閃を弾いた。


 それほど容易に防げるような威力ではない。そこらの兵士なら盾を構えて踏ん張っても数名まとめて吹き飛ばされるくらいには。


 ミルガーハにとっては、この吹き荒れる暴風雨と同じ程度とでも言うように。

 もちろん暴風雨も相応に難儀だろうが、それだけで命を失うほどのものではない。



「いま!」

「甘いわい!」


 鎖が火閃に向いた隙を突こうとしたエシュメノだが、回転する鎖が角度を変えた。

 弾き飛ばされた火閃がエシュメノに向かう。


「わっ!?」

「Goe!」


 エシュメノが飛び退き、ラッケルタの火閃が止まる。


「惜しいが仕方ないかのぅ」


 振り回した勢いで、熱せられた鉄鎖をエシュメノに叩き落とそうと――



「ここです!」


 エシュメノが声をかけたのは注意を引く為だった。

 ネネランが仕掛けるタイミングの。



 魔槍紅喰は手元の操作、力加減で伸縮する。

 精一杯伸ばした魔槍を、エシュメノに攻撃しようとしていたミルガーハの頭上から叩きつけた。


 長物である魔槍を、さらに伸ばした状態。

 そしてネネランの力を加えての一撃なら、大地を割るほどの力がある。

 いかな強敵とて、不意を突かれれば受けきれないはず。



「儂以外ならば、討てたやもしれんの」


 エシュメノに向けかけた鉄鎖が、もう一回転半の加速を加えてミルガーハの禿頭の上に放たれた。


「うくぁっ!?」


 全力を込めた一撃に、それを上回る力をぶつけられて。


 声が漏れる。

 腕が痺れる。

 魔槍紅喰が宙に舞った。


 とてつもなく重い一撃で迎撃され、ネネランが武器を失う。



「お前から始末を――」

「わかった!」


 ネネランを先にと目を付けたミルガーハに、火の粉を払ったエシュメノが再度迫る。


「おぬしは引っ込んでおれい!」

「ここ!」


 エシュメノを払い落とそうと再度振るわれた鉄鎖に対して、エシュメノは迷わなかった。


 一点を見据えて。

 ネネランが指示した場所を。


「やあっ‼」


 火閃を防ぎ、熱せられていた。

 ネネランの渾身の一撃を受けて、その衝撃でさらに加熱した。


 ミルガーハが振り回す鉄鎖の、手元からあまり遠くない一点。

 この鉄鎖、頑丈さなどから見てただの鉄ではないだろう。特殊な加工をされたもの。

 だとしても、金属は加熱すれば柔くなる。


 熱と衝撃と斬撃と。

 立て続けに同じ位置を狙った。

 最後の仕上げが、螺旋の刃を持つエシュメノの右の短槍。



「やった!」

「むうっ!?」


 ミルガーハの鉄鎖が砕け、手元に残ったものは半端な長さのそれだけ。


「これで終わり!」


 ミルガーハが投げ出した鎖を左の黒い短槍で払い除け、再び右の短槍を突き立てようとしたエシュメノ。




 が、大きく飛びずさった。



「……躱したか」

「う、あ……」


 半歩ほどずれて、振り下ろした姿勢のミルガーハ。

 飛び退いて、低く四つ足のように構えるエシュメノは、表情が凍り付いている。



 半歩ずれている。

 いつの間に? ネネランは追いきれなかった。


 目にも止まらぬ足さばきでエシュメノの槍の軌道からずれて、鉄鎖ではない武器を振り下ろした。

 おそらく直感だけでそれを避けたエシュメノだが。


 びゅうっと、ミルガーハとエシュメノの間に風が吹いた。


 遅ればせながら、今のミルガーハの一閃により空気が切り裂かれ、その隙間を埋める為に。



「孫以外には記憶にないのう」


 無骨な鉄鎖にばかり気を取られていたが、背に負っていた細身の剣。

 片刃の、細い曲刀。


「儂の居抜きを見て命があるものは」

「い、ぬき……」


 鉄鎖を投げ捨てながら、背にあった剣を鞘から抜きざまに振り下ろした。


 避けなければエシュメノが真っ二つだっただろう。

 俊敏で直感に冴えたエシュメノだったから。

 ミルガーハも、鉄鎖を投げた後の片手での一撃だったから。


「……この人間、まさか」


 一瞬の攻防で呼吸を忘れていた。

 息を吐き、飲み込む。



「鎖を使うのも久々じゃったが、まさか太刀を抜かされるとは思わなんだ」


 無骨で変則的な鉄鎖で強引に攻め立てるタイプの戦士かと見ていた。

 それだけでも十分な脅威だったけれど。


「こんな機会でもなければ見せてやることもなかろう」


 ネネランには背を向けたまま、エシュメノに向けて。

 背中越しで、魔槍紅喰の射程よりまだ遠くても。


 一瞬でも気を抜けば死ぬ。

 なぜか嵐でさえ、その小兵の老人を避けていくような静謐ささえ感じさせられた。



「ニキアス・ミルガーハじゃ」

「……」

「剣聖、などと呼ぶ者もおったかの」


 清廊族のネネランでさえ背筋が凍えるように錯覚する。

 先ほどまでの豪気な様子とは全く違う。研ぎ澄まされた怜悧な刃物のごとき戦士の背中に、恐怖という言葉を思い出した。



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