第四幕 081話 流れぬ黒ずみ
緩やかな丘陵、所々にわずかに生える草は短い。それも今は吹き荒れる暴風雨にただ伏せて地にしがみつくだけ。
雨の中に散乱する物品に足を止めた。
メメトハの足元で、から、と音を立てて転がる筒。
遠眼鏡だ。
ウヤルカが敵から奪ったのだと面白がっていたものに違いない。
「……」
メメトハが蹴ってしまった為に、前方の斜面に転がり落ちていった。暗い水溜まりに漂う遠眼鏡。
他にもいくらか散らばっているものは、ユキリンに持たせていたウヤルカの荷物だろう。
そして――
「かような魔法を……」
目の前に広がる光景に言葉が出てこない。
大地が抉れている。
焼失している。すり鉢状に丸く、真っ黒に。広く。
その範囲は人間の死体を百ほど放り込めるほど。その周囲には影響を及ぼしていないのは、限定した範囲にだけ力を集中させたから。この威力でこの精度となれば只者ではない。
一拍に満たない輝きだった。
太陽のような光を放った魔法が、その瞬間で土を焼き尽くし消してしまうほどの高熱だったのだろう。
吹き飛ばしたのではない。瞬くほどの時間で焼失した。
ウヤルカとユキリンも共に、消し炭に。
すり鉢状の底の方には炭と雨が混ざり、真っ黒な泥となって溜まっていた。
清廊族の目でも見通せぬほど黒い。
ぎり、と。噛み締める。
今までに見たことがない、凄まじい炎の魔法だ。
英雄級の魔法使い。存在しても不思議ではないが、これまでの戦いの中で当たらなかったことが幸いだったのか。
幸いだったと、言いたくもない。
「しかし……」
雷鳴とは別に響く激震。
光り、唸り、轟く。
戦っているのはティアッテらしい。
ウヤルカを倒したこの魔法使い。その実力がどれほどなのか計り知れない。
もしウヤルカが先に当たっていなければ、この魔法が皆を飲み込んだ可能性もある。
範囲を限定せずにこの力を放たれたのなら、被害がどれほどか想像したくもない。
ウヤルカのお陰でメメトハ達は命を拾ったのか。
メメトハは迷った。
ウヤルカが落ちたと叫んで走り出したミアデと、それを追うアヴィ。
セサーカが続いたのは、アヴィの傍にいたかったからだろう。ミアデを追ってではなくて。
強烈な魔法が放たれ、メメトハも行くべきか。戦士団と共に人間の軍勢を迎え撃つべきか。
強力な魔法にどよめいたこちらの気配を感知され、兵士どもが向かってくる。
衝突は避けられない。退いてはアヴィ達が孤立してしまう。
ルゥナがメメトハに頼んだ。
セサーカは平静ではない。強力な魔法使いがいるのは間違いなく、彼女らを頼むと。
敵軍はルゥナ達がどうにかする。多勢に無勢なのはいつものこと。
アヴィ達と共に、今までにない脅威度を感じる敵魔法使いを倒して、それから支援に戻る。
仲間というだけでなく、アヴィを失うわけにはいかない。彼女の力は特異なものなのだから。
少し遅れたメメトハより先行して始まった戦い。
場所を変えながらになっているのは、敵も複数で、互いを巻き込まれないよう距離を空けて。
魔法使いが異様だ。嵐の中、それを吹き飛ばすような高威力の魔法を間髪置かず連続している。
単独なのかと疑いたくなるが、暗がりの中、ティアッテと戦う影は一つだけ。
これまで見て来た強敵はどれも常識をはみ出した力を有していたが、この敵はそこからさらに踏み越えていないか。
魔法の威力も連続して放つ技も、何よりそれをティアッテの戦斧を受け止めながら。
信じがたい。
「あんなものが存在するなど……」
正直に言ってしまえば、メメトハは甘く見積もっていた。
サジュでトワを責めたものの、殻蝲蛄の力を得たティアッテならどんな敵でも打ち倒せるだろうと。
懸念はある。
そのティアッテが暴走したら誰も止められないかもしれない。
忌まわしいダァバの使った術だ。悪い方向に進まないとは言い切れない。
けれど戦力として、今のティアッテならば数万の敵軍でも撃退できるはず。
そのティアッテと単独で渡り合う敵。
目にしても信じたくない。こんな相手だからウヤルカも討たれた。
そう、この強敵相手では助からないと認めなければならない。それも含めて目を疑った。
「仇は討つ」
メメトハの言葉は暴風に乗って空に散る。
「おぬしの命、無駄にはせぬぞ」
空に散るなら、届くかもしれない。ウヤルカの耳に。
「安心して眠っておれ」
言い残して駆けだした。
折よく完全に日は途絶えた。
雷光と敵の放つ魔法が辺りを照らすが、途切れ途切れに。この嵐では視界が悪い。
卑劣と言われようが何だろうが、ティアッテと戦う人間を殺す。
闇に乗じて。
ティアッテと正面から打ち合える魔法使いとなれば、メメトハが正面から戦える相手ではない。
だが殺す。だから殺す。
脅威であり、ウヤルカの仇であり。
そうでなくても殺す。人間は生かしておけない。
殺す為の手段は選ばない。選べるだけの力がないのだから。
暗い水の溜まるすり鉢状の穴を避け、雷雨の中を身を屈めて敵の裏手に駆けた。
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