第四幕 064話 旅の二人



 菫獅子騎士団に限らず、四騎士団にはそれぞれ暗部がある。

 後ろ暗い仕事をする者が。


 表に出ない違法なことをする者とは別に、示威行為としての役目を担う者は騎士団内外に有名だ。



 誅殺。

 人間の組織なのだから当然、色々な問題は出てくる。

 時に内部の、あるいは外部の誰かを見せしめに殺す。


 相当な実力者が暗殺されて、捕まるのはそんな力のないはずの明らかな身代わり。

 本当の下手人は誰なのか。


 誰が調べるでもなく噂が立つ。

 英雄殺しの凶連星。

 菫の棘と菫の影。

 ラドバーグ侯爵の陰口を叩けば二つの凶星が影を差し棘を刺す。


 やったのは奴らだと。

 証拠もなければ罪に問われることもないが、誰も彼もが噂する。

 輝かしい正騎士団の中枢にありながら、その姿を見るだけで誰もが眉を顰めるような二人の騎士。



 棘騎士フース。

 影騎士ヘロルト。


 兄弟ではないのだが、双子星などと呼ばれる二人。

 ロッザンロンド大陸ルラバダール本国では有名な話だが、さすがに海を越えたカナンラダではそこまでではない。


 英雄譚好きの者なら、ルラバダール王国にそういう騎士が存在すると知っているだろう。

 何者をも殺す双騎士フースとヘロルト。

 だが、外見まで知っている者はいない。


 黒革の上下の服装は、見れば安物と思う者はいない。

 だがその程度。

 高位の軍人か、そうでなければ上位以上の冒険者か。


 身分を示す菫の徽章は持ち歩いていない。本来は許されない。

 騎士団員として堂々とした振る舞いをするのが当たり前。身元を隠してこそこそ行動するなど騎士の恥。

 今は表沙汰に出来ないことを担うのがフースとヘロルトの役割なのだから、この場合はこれでいいのだ。



「久しぶりだな」


 町に入る前に、フースが愛用のスティレットを抜きながら呟いた。


「勇者級の獲物なんざ」


 長さは、手首から中指の先まで程度の短い刀身。

 先端だけが尖っているのが本来だが、フースの物は少し違う。

 円錐状の刀身に細かな凸凹がヤスリのように刻まれている。


 突き刺そうが擦ろうが相手の体に傷を負わせる。そういう用途だ。

 煌銀に闇輝石の破片をまぶした刀身は、英雄相手でも傷をつけられる。

 指を覆う護拳部分を含めて、攻防一体の武具。



「しまっておけ」


 逸る同僚に、相方が暗い声を返した。


「その武器でお前を知る者もいないとは限らん」

「へ、こんな田舎まで俺らの名が知られてるってか」

「五番目とはいえ一応は相手も正騎士団だからな。中には頭の回る奴もいるだろう」


 相棒ヘロルトの言葉に、フースはへいへいと懐に武器をしまった。



 それらしく、腰には別に曲剣なども持っている。

 普通にそれを使ってもフースは強いのだが、どちらかと言えば飾りだ。

 武器も持たずに男二人で旅を、など他人が見ればそれこそ不審。


 旅の商人だって武装している。

 魔物もいれば悪漢も少なくない。

 ただの冒険者だって、無防備な旅人を見つければ魔が差すこともあるだろう。



「ご主人様のご命令とあればなんでも殺すけどよ。おっ」


 町が近くなってきた為に、街道にはいくらか行き来する人の姿が見えてくる。

 そんな中、前を行く二人組の女冒険者にフースが目を止めた。


「当たりじゃん」


 足を急がせてその尻に近付くフースを、ヘロルトは止めても無駄だとわかっているのか呆れた様子で歩調を合わせた。



 近付いてくる男二人に危険を感じたのか、横に避けながらちらりと後ろを見た女冒険者。


「あぁ……」


 あからさまにフースの足が遅くなった。


「ハズレか」


 後ろ姿を見て自分で勝手に判断したくせに、相手にも聞こえるよう落胆の言葉を吐いた。



「オバサンかよ」

「やめておけ」


 いちいち騒ぎを起こして目立たれても困る。

 人目が何もない場所なら殺して終いだが、町に近ければ人の目もあるだろう。


 足早に去っていく女冒険者にまだ未練があるのか、フースの目が尻を追う。


「田舎にしちゃあ当たりだと思ったのによ」

「冒険者だからな」


 何を勘違いしたのかわからないでもない。



「姿勢がいいと若く見えるというのは事実だな」

「せめてどっちかは食える程度だと思ったのによ」

「面倒事は……」


 わかってるとフースは手を振った。


「いくらか払ってやりゃいいだろ。田舎もんにはびっくりするくらいやりゃあ熱心にお相手してくれるって」


 娼婦を買うようなものだと。


 事実若い冒険者などなら、そうした副業をすることもある。

 身を売り物にして有力な先達に取り入り、一緒に探索に出て力をつけるなど珍しくもない。

 馬鹿にするなと憤慨する者もいるだろうが。



 慣れない土地の長旅で鬱屈したものも溜まっている。

 仕事の前に少し発散して、冷めた状態で取り掛かろうというのなら反対ではない。

 見立て違いで気を削がれたので、ある意味冷めたようなものだが。


「仕方ねえ」


 手を握ったり開いたりして、気を取り直すように呟いた。


「さっさとやっちまうか。団長様ってのを」



 エトセン騎士団現団長ボルド・ガドラン。

 ルラバダール本国出身で、頭の回る実直な男だと聞いている。

 融通が利かない人物だとも。


 邪魔になるだろう。

 立場的にも、人柄的にも。

 優秀な人材は、味方になるのなら惜しいにしても、そうでないのなら邪魔でしかない。


「英雄ってのもいるって……」

「それは冒険者上がりだと聞いている」


 ムースの興味が他に向かうのを止めた。確かにどれほど強者であれ、ムースとヘロルトが殺せない者などいるはずもないが。


「忠義や信念で命を無駄にするほど真面目ではないだろう。こちらに噛みつくほど馬鹿でもあるまい」


 使える貴重な戦力になり得る。

 船旅の間にさらに混迷してきている情勢を考えれば、エトセンを守るのに役立つ。


 邪魔者は殺す。利用できる者は利用する。

 ただそれだけのこと。



 主であるラドバーグ侯爵は有力貴族だ。

 実力的なこともあるが、政治的な判断も早く的確だ。

 だから長年、その権勢を保ってきている。


 風も追い風だ。

 まだ開拓の余地があるカナンラダ大陸で確固たる地盤を築きたい。


 そういう考えは先代の頃からあり、本国でも相当な力を持つラドバーグ侯爵がさらに力を持てば王家さえ凌ぐことになりかねない。



 異常事態を察知することが出来た幸運。

 無駄になるかもしれないのに、渡航の手配に金を使った。

 備えていたところに向けて、エトセン公からの使者が現れる。


 国王への親書までは開封していないが、事情を聞けばやはり異常事態。非常事態。

 即座に援軍を出すとして出航した。



 使者が都に着いて情報を知った他の騎士団は、今頃慌てているだろう。

 出し抜かれたとか。間抜け共が。

 エトセン公からの要請で軍を出したのだ。咎められる筋合いもない。


 大慌てで他の騎士団も準備をしているかもしれないが、これもまたこちらに都合よく、競争相手には風向きが悪い。

 言葉通り、風が悪い。


 夏の終わりから秋の初めにかけて、海がかなり荒れる。

 嵐が頻発するのだ。


 いくら勇者英雄でも、大嵐の海を渡れるわけではない。

 英雄並の力があれば、もしかしたら、大海を泳ぎ渡ることも出来るのかもしれない。水や食料の問題で無理だとは思うが。

 よしんば一人で泳ぎ着いたとしても、それで戦えるわけでもなし。



 追い風だ。

 ラドバーグ侯爵は強運を持っている。


 他がもたついている間にエトセンを始めとする領内を掌握し、近隣の領土をも手中に収めたのなら。

 後から来た者に分けてやる義理はない。


 さすがに菫獅子騎士団全軍の三万ではなく半分ほどしか連れて来ていないが、十分だろう。

 選り抜きの精鋭部隊だ。数ばかり十万を越える光河騎士団とは違う。

 手が足りなければ現地の人間を雇ってもいい。


 ラドバーグ侯爵はこの地を手にして王となる。

 その時流に乗れば、側近の騎士たちも相応に旨みを得られる。良好な主従関係だ。

 勝ち戦に乗らない手はない。留守番の連中には悪いが、本国領地の守備も必要なのだから仕方がない。



 ルラバダール王国の敵は、表向きはアトレ・ケノス共和国だ。

 けれど、かつて統一帝が興した国が長く続かなかったように、大きくなりすぎた組織は自身の重みで亀裂を生じる。


 そんな当たり前の歴史を繰り返すだけのことだった。



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