第四幕 044話 新勇者_1



 強い。


 まさかこれだけの戦士がいるとは、などとは思わないが。

 豪傑ムストーグ・キュスタが敗れたというのだから、むしろこれくらいはいて当然。


 ケビンはまだ二十にもならないが、ヘズ周辺では傑出した冒険者として名が響いている。


 古くは大魔法使いピエラット。

 やや前の時代で言えば百拳のゾーイ。

 そしてつい先ごろまでなら若き勇者シフィークが、この周辺では有名だった。


 若き勇者と呼ばれたシフィークよりも、ケビンはまだ若くして勇者と呼ばれるようになった。

 だからヘズの人々は、真なる若き勇者ケビンと呼ぶ。



 シフィークはアトレ・ケノスの出身ではない。ルラバダールの生まれなので、ケビンの方が真に勇者に相応しいとかそういう期待も込められて。


 それでも比較される。

 シフィークは全盛期の数年をこの周辺で活躍して、それからイジンカに向かった。まだ彼の活躍を記憶している者は多い。


 ケビンとすれば面白くはないが、自分が英雄級と認められるまでになればシフィークの活躍さえ霞むだろう。

 ヘズ周辺の御意見番のような立場のピエラット爺さんでも届かなかった頂に。



 活躍の機会が訪れたことを喜んだ。

 あの豪傑ムストーグを殺した影陋族がヘズを襲うと。


 さすがに戦争は畑違いだ。集団での戦闘というのは探検とはわけが違う。

 たとえケビンでも一万の敵と戦い続けることは出来ない。仮に百を殺しても、他から逃げたら世間では逃亡者ケビンと呼ばれるだろう。

 名に傷がつく。


 いくらなんでも異常な事態だと思ったが、近くの村には母も兄夫婦も住んでいるし、親しい者も少なくない。

 軍が本気で戦うというのなら協力して、自分の活躍をなるべく多くに見せつけてやろうと。



 ピエラットから言われた。正面はやめておけと。

 なんでもピエラットの知り合いの呪術師が、軍からの命令で禁忌の術を使うのだとか。


 忌まわしい呪術の中でも、さらに禁じ手。

 怖いもの見たさもないではなかったが、ピエラットの経験からの言葉だ。そこは素直に従った。


 冒険者連中を集めた遊軍として、敵の横腹を叩く。

 ケビンとしてもこちらの方が性に合っている気がして、危険も少なく活躍がわかりやすそうだと考えたのだが。




「ちょっと、強すぎですよ!」

「ソーシャは最強!」


 さっき聞いた名前と違うような気がするが、愛称か家名なのかもしれない。

 影陋族に家名ってあったんだったか。ケビンは蛮族の習慣に詳しくないけれど。


 凄まじい連撃。

 ケビンだから捌けるものの、そこらの兵士では相手にならないだろう。

 中位程度の冒険者で一撃か二撃、上位の冒険者でも十合も打ち合っている間に死にそうだ。



「ケビン!」

「近寄らないでいいです!」


 顔馴染みの冒険者の声に応える。


「ムストーグをやったのも多分こいつです!」


 知らないけれど、言ってみる。

 見ている冒険者にも自分より格上だとわかるだろうが、英雄を倒したかまではわからない。


「最強の影陋族です!」


 この少女がそう言ったのだから、そういうことでいいのではないか。



「ソーシャは!」


 ケビンが斬りつけた剣を、強く振り払われた。


「清廊族じゃない!」

「はあ?」


 何を言っているんだろうか。

 影陋族ではない、と言うのならわからないでもないけれど、清廊族ではないと。

 戦いの最中で、言葉と頭が噛み合っていないのかもしれない。



「角があるからですかね」

「うるさい!」


 思わず考えてしまった。


 見る限り、あまり頭は良さそうではない。

 蛮族なのだから仕方がないか。


 力は相当なものがあるにしても、あまり周囲が見えている性質ではない。

 仲間と離れてケビンを倒そうと。

 そのせいでケビンもまた味方と少し離れてしまっているが、これはこれで都合がいい。



 ヘズ周辺はケビンの育った場所だ。

 川沿いに北上したこの辺りもよく知っている。


 森と呼べるほどの樹木の群生地はもっと北の滝の上くらい。

 多少の木々が残る場所はここにもある。

 木陰になり、夏場にこの辺りを歩く者が休憩に使う林。


 ずっと昔は木々も多かったらしいが、町を作る為にこの周辺の木々はほとんどなくなった。

 ここにだけ木が残っているのは、今はもう失われたカナンラダ最大の大樹があった名残だと言われている。


 とてつもない大樹で、ちょっとした村を飲み込むほどの直径だったとか。

 内部は空洞になっていて、魔物の巣になっていたとか言うのだが。



 どこまで本当なのかケビンは知らない。

 大樹は数十年前に焼き払われ、その跡地に芽吹いた木が今のこの小さな林。色々と悪い噂もあり、この林の木は伐採されていなかった。


 名も知らないこの木も、時を経れば伝説の大樹のようになるのかもしれない。



 考えが逸れた。

 この林は休憩場になっているのと同時に弱い魔物が発生する。

 ケビンも幼い頃、ここで魔物退治の訓練をしたことがある。

 ソーシャと名乗る角突きの少女と戦いながら林に踏み込んだ。



 思ったより強い。

 そう感じたのは事実だが、勝てないほどではない。


 勝てないほどではないが、やはり強い。

 少し守勢に回りながら敵を観察して、ケビンに迫る実力だと認めた。


 ケビンは冒険者だ。

 勝てるかもしれないという見込みで戦うのは駆けだしの半端もの。

 勝てないかもしれないという見通しで逃げ出すのは、成功を手に出来ない半端もの。


 実力的に伯仲する相手だとしても、知恵や手段を講じて勝つのが一流だ。


 駆けだしの頃に有頂天になりそうだったケビンに向けて、ピエラットが諭した言葉だが。苦言をとして覚えている。

 ケビンの鼻っ柱を折りながらも、そんなピエラットにでも勝てるよう対策すればいいのだと言われた。



 単純な自分の力だけを頼みにするのではない。

 利用できるものは利用して確実な勝利を掴む。

 力に溢れる者ほど、往々にして己の腕のみを頼りに進み躓くものだ。それでは二流止まり。


 生きて、勝つ。これが出来て一流。

 ケビンが若くして勇者と呼ばれるだけに成長できたのは、他の助言を受け入れる度量があったからだ。

 ピエラットらの助言を素直に聞き入れ、前の自分を上回る。


 今回も同じ。

 自分と実力の近い敵を相手にするのなら、相応の考えを。



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