第四幕 043話 毒食わば



 強い。

 ネネランは思う。本当に。

 清廊族の戦士たちは明らかに強くなった。


 崩れない。

 敵の数が多くとも、想定外の何かがあっても容易く崩れない。

 元より人間の兵よりも危機意識が高く覚悟が違う。そんな彼らが戦うごとに力を増していくのだから、頑強な岩の塊のような軍になる。


 誰かがどうにかしてくれると、人間にはきっとそういう甘えがあるのだろう。

 自分が逃げ出しても、他の誰かがやってくれる。


 清廊族の戦士たちにそれはない。

 自分たちしかいない。清廊族の未来を守れるのは。

 今この時しかない。この大地を人間から取り戻すのは。



 ネネランは人間に囚われている頃に呪術師を見たことがある。呪い士だったか、どちらでもいいが。

 あれらは異常者だが、なぜだか女神に向けての感謝は妙に高い。女神に命を差し出せと言われれば泣いて喜ぶだろうというほど。


 狂信と言うらしい。

 印象は悪いけれど、今のこの戦士団の意識はそれに近い気がする。

 無論、ネネランも同じ気持ちを持っているし、何よりエシュメノとの安らかな日々を得る為に戦うことに迷いはない。



 そのエシュメノは左翼から回り込む敵を警戒する役目をしていた。

 メメトハの魔法から逃れるような相手を叩く。遊軍として。

 残念ながらネネランとラッケルタは前衛で、エシュメノとの距離は少し遠い。


 ルゥナが左翼に回り、代わりにメメトハが前衛の支援をしていた。

 敵の攻勢が強まり、それ以上にこちらも強く押し返す。

 最初の素人兵士よりは強くなったとはいえ、強者というわけでもない。

 少しだけ倒すのに余分な手が必要になる程度。



 エシュメノのことなら心配していない。

 ネネランは知っている。エシュメノは強くなった。

 強いだけではなく、生来の勘の良さを自分で使いこなしている。今のエシュメノなら少しくらい無茶でもやるべきことを貫き通す。


「GiA!」


 ラッケルタが声を上げた。

 警戒の声だが、怯えはない。


 対応できなくもない警戒すべき敵が迫っている、ということだと思う。

 明らかに実力的に敵わない相手を感じると、ラッケルタの様子が変化することがわかった。

 魔物の直感なのだろう。ウヤルカもユキリンの警戒度で危険を感じると言うし。



「アヴィ様!」


 ラッケルタの尻尾が敵兵を数名薙ぎ払い、続けてネネランの魔槍がさらに数名まとめて叩き切った。


「強めのが来ます!」

「わかった」


 周囲の敵を一掃しながら伝えると、アヴィも頷いて敵兵を鉄棍で打ち払う。

 アヴィなりに、抑えながら戦っているようではある。他の戦士たちに歩調を合わせてというか。


 先ほどは押し込まれた味方に気付かず踏みとどまってしまったが、最近の戦いでアヴィはあまり自分だけでどうにかしようとしていない。

 ルゥナの指示を聞きながら支援するような戦い方を。


 オルガーラの方は、寄ってくる人間を片っ端から叩き潰して楽しんでいるようだ。



「あれぇ、トワさまいないぃ」


 トワがルゥナを追って行ったことに気付いていなかったらしく、不満そうに喚いてまた敵兵を潰した。


「オルガーラさんも、敵の強いのが来ますよ!」

「わかってるよ! 言われなくっても!」


 むぅっと言い返しながら敵を睨んだ。




 敵の強者。

 東に回った敵と時を合わせて、正面からも現れる。


 それまで押し寄せていた兵士が、不意に止んだ。

 何か声がかかったわけではないのに、割れるように正面を空けて退く。

 正規の兵士の様子に飲まれて、残っていた民兵も同じく。


「なん……でしょう」


 戦っていた戦士たちだが、唐突な敵の行動に思わず手が止まった。

 ネネランもまた止まる。様子がおかしいと。


 正規兵は最初からこういう指示を受けていたのか。

 ある程度戦ったら退けと。

 整然と。

 あるいは怯えるように場所を空けた。



「なに?」


 アヴィも訝しむ。

 ぽっかりと抜けた場所に進む一部隊。

 百名ほどの、どれもそれなりに屈強そうな兵士。おそらく軍の精鋭だと思うが。


 その手に、何か茶色の丸い物を手にしている。



「……だんご?」


 泥団子だとか、そういう類に見える。武器には見えない。


 おかしいのは、その兵士は武器を手にしていないことだ。

 まさか団子を捧げるのが降伏の印だとか、そういうわけではないだろうが。



「アヴィ様、あれは……」


 道具を使うというのならネネランも興味を抱く。

 人間の奴隷をさせられている頃にも色々見てきたし、最近も色々と試行錯誤を繰り返していた。


 しかし、団子は知らない。



「……あの爆裂の魔法、かもしれません」


 空から投げられ、ユウラの命を奪った爆発する球。その可能性を考え警戒する。


「……違う、かしら」


 アヴィは首を振って、だが警戒は緩めない。

 投げつけてくるのではないかと。だとすれば毒か目潰しか。

 敵兵が距離を空けたのは、その影響から逃れる為……?



「毒です!」


 わからないが見当をつけて叫んだ。

 危険な道具に違いない。何もないとは思えない。


「そ――」


 アヴィが頷こうとして、固まった。



「はぁ?」


 オルガーラが口を半開きにして首を傾げる。

 その茶色の団子を一斉に飲み込んだ敵兵の姿に。




「毒って、君さぁ」


 ネネランの間違いを正そうと口を開いて、けれどそこで止まった。


 飲み下した敵が、目を血走らせて涎を垂らして首を掻きむしって。

 苦しんでいる。



 毒を飲むわけがないだろうと言おうとしたのだろうが、明らかに毒だ。猛毒だ。

 なぜそんな馬鹿な真似を。


 理解ができない。理解が追い付かない。

 ネネランもアヴィも、他の戦士たちも。

 何が始まったというのか。絶望して服毒自殺でもしたというのかと戸惑う。



 ぎゅるり、と。

 前にいた兵士の目が一回転して、ネネランを捕らえた。


「う」


 どちらの声だったのか。



「きゃあ!」


 これはネネランの悲鳴だ。自分の声に驚いた。


 ラッケルタごと、浮く。

 宙に浮く。


「GiYeeee!」


 ラッケルタの鳴き声と共に。



 殴り飛ばされた。

 一瞬で、対応できないほどの速度で殴り飛ばされた。


 ラッケルタの爪が大地を引っ掻き何とか留まるが、殴りつけた敵兵が続けて襲ってくる。


「こ、このぉ!」


 真っ直ぐに飛びかかってきた敵に槍を叩きつけるが、受け止められた。


「なっ!?」

「ばあぁぁぁ!」


 涎を吐きながら受け止めた槍ごとネネランを宙に放り上げる。


 宙に投げ出されたネネランは、自分と同じように空を飛ぶ清廊族の戦士たちを見る。

 襲い掛かってきたのは一人ではない。他の連中も同じように、目に付いた近くの誰かに殴りかかっていた。


 誰か、というか。

 誰かれ構わず。あるいは物でも構わなかったのかもしれない。



 宙を舞う。

 凄まじい速さと信じられない剛力で、清廊族の戦士が、オルガーラが、あるいは人間の兵士や既に死んでいた死体なども。


「ひゃあああぁぁ!」

「ぼぉえっ! ぼぅぉえっ!」

「うはははははっ! あははべぇ!」


 意味のない声を涎と共に発しながら、目玉をぎゅるぎゅると回して。

 正規兵の、精兵だったはずのもの。



「ネネラン!」


 アヴィの緊迫した声で我に返った。


「だ、大丈夫、ですっ!」


 何とか態勢を整えて着地する。今のは驚かされただけだ。


「ラッケルタ!」

「Ge!」


 殴り飛ばされたラッケルタを呼ぶと、短い返事があった。

 ぺっと唾を吐くように。



 一気に前衛が崩された。

 転がる清廊族の戦士たち。オルガーラはどうやら咄嗟に敵のいくつかを大楯で受けて、その勢いで吹き飛ばされたらしい。



「何が……」


 追い付かなかった理解がようやく現実と合わさる。

 百ほどの敵の精鋭が一斉に毒を口にして、何が起きたのか。


「……豪壮丸」


 アヴィが言いだした滋養薬のはずだったけれど。

 つまり、そういうことだろう。


 これを飲めば、岩をも砕く力を得る。

 嘘偽りではなく、現実に。



「きいぇやぁぁぁぁははははぁぶぁ!」


 敵も味方も無差別に、目に付いたものを叩き潰そうと。

 理性の欠片もないけれどすさまじい力を発揮した。


 見れば、味方同士でも潰し合っている。

 こうなることがわかっていて他の兵士は逃げ出したのだ。


 ラッケルタを殴りつけた兵士は、腕の骨が折れて肉を突き破っているのに、それすら気にしていないよう。


 当初はこちらを疲弊させるよう戦いながら、やはりこのままでは勝てないと見てこんな奥の手を出した。

 奥の手と呼んでいいのか。こんなものを。



「狂戦士……」


 小さな呟きだったけれど、アヴィの言葉が頭に納まる。

 心を失い目に映ったものをとにかく叩き潰そうとする狂戦士。


 ラッケルタやオルガーラを素手で殴り飛ばすほどの力を持つそんなものが、百と。


「……」


 メメトハが言っていたか。勇者が百でもとか。


 そんな戦力があったら勝ち目がない。

 そういうつもりで言ったのだろうが、逆に言えばそれを用意すれば人間の勝利。



 勝利の条件を満たす為に用意したのだ。

 この、狂った勇者の戦団を。



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