第四幕 042話 駆除殲滅_2
「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐!」
「原初の海より、来たれ始まりの劫炎!」
ルゥナの魔法と正面からぶつかり、吹き飛ばす。
「っ!」
「ピエラットさん!」
「全員が中位以上の戦士かと思えば、これほどの魔法使いもいるとは」
先頭に立っていた男は老齢に見える。
丸顔で、耳周りに白髪を残す以外はつるりと日の光を返すまぶしさ。やや太り気味に見えるが、足が遅いということはないらしい。
熟練の冒険者であり、相当な力の魔法使い。
不用意にウヤルカが近づけば落とされていたかもしれない。先に確認できてよかった。
「ムストーグが死んだのも理解できる」
ピエラットと呼ばれた老魔法使いがルゥナに杖を向けたまま止まった。
押し寄せて来た冒険者たちもそこで足を止める。
「エシュメノがやる!」
「待ちなさい」
逸るエシュメノを制して、どうするか迷った。
この魔法使いと戦うのなら近接戦が良いか、だが百近い他の冒険者を他に任せていいものか。少しルゥナが先行した為に、他の清廊族の戦士たちが遅れている。
ルゥナの逡巡に、ピエラットの後方から何かが投げられた。
上空に放る。
魔法ではない。何か拳ほどの大きさの塊を。
「弾けよ!」
簡易詠唱が、ルゥナの頭上に向けられた。
大した威力の魔法ではないが、それが投げた何かを砕く。
ぶわりと、茶色っぽい粉が巻き散らされた。
「なにっ?」
エシュメノと共にそれを確認して。
「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴!」
迷っていて、まだ杖を手にしていて良かった。
咄嗟に紡いだ魔法でこちらに振りかかろうとする何かをまとめて吹き飛ばす。
「ルゥナ様!」
トワの声。
いつの間にかすぐ近くに。
トワとピエラットが、ルゥナの一歩前で組み合う。
「受け止めるか、私の一撃を」
上空に魔法を唱えたルゥナの隙を、手にした魔術杖で叩き潰そうとしたピエラット。
それをトワが両手の包丁を交差させて防いだ。
「爺様だけ働かせてらんないですよ!」
トワを助けなければと思ったルゥナの横から、また別の男が迫った。
こちらも、ルゥナの対処を上回るほどの速度。
「新たな勇者ケビン伝説の幕開けですよ!」
ピエラットに虚を突かれたことで判断が遅れた。
勇者と。
そう名乗る実力者の一撃は、判断が遅れて躱せるほど容易いものではない。
まして今ルゥナが躱せば、ピエラットと押し合っているトワが危険だ。
防がなければと思うルゥナの手にあるものは魔術杖。強度が足りない。
勇者の一撃を防ごうとすれば、おそらく杖ごと真っ二つに。
「エシュメノが!」
防いだ。
エシュメノが右の短槍を盾に、ケビンと名乗る若い勇者の剣を止めた。
「こいつやる! 決めた!」
「おおっ!? こいつ強いですかっ!」
そのまま一気に押し返して、後ろに跳んだケビンを追う。
「任せます!」
先ほどは宥めたが、今度はもうエシュメノが決めてしまっている。
判断の遅れからトワとエシュメノに迷惑をかけた。これ以上は迷っていられない。
「邪魔だ」
杖を止められたピエラットがトワの小さな体を蹴り飛ばした。
「ぐぅっ」
「邪魔はお前です!」
蹴り飛ばされたトワの分の怒りも含めて、ルゥナの足がピエラットに打ち付けられた。
「むっ!?」
杖で受け止められる。
構わず思い切り蹴り抜き、大きくピエラットを下がらせる。
「魔法だけでもないか」
「お前とて」
魔法に特化した戦い方ではないと感心したような物言いを。
「すみません、ルゥナ様」
「いえ、助かりましたトワ」
立ち直りすぐ後ろに控えるトワに、先ほど助けてもらった礼を言う。
強い。
思った以上に強いが。
トワの後ろからも戦士たちが揃う気配を感じた。
それにしても、他の冒険者はなぜ一斉に襲い掛かってこなかったのか。
勢いに任せて一気にこちらの横腹を突いてきそうなものだったが、一度足を止めた後に躊躇した。
何かを待つように。
「……毒ですか」
先ほど上空に撒き散らされた茶色のものは、毒のようなものだったのだろう。
風向きは、南東から向かってきている。
開戦時にルゥナが、風が草原を撫でるように兵士たちが迫ると感じたように、敵が風上。こちらが風下。
何かしらの毒を用いたのだろう。
今のはルゥナが吹き飛ばしたけれど、先んじて踏み入ることを躊躇った。
「どこまでも卑劣な」
「若いな、影陋族」
丸顔のピエラットが笑う。
「魔物を駆除するのに罠を使う。不自然かね」
「……」
当たり前だろうと。
ルゥナの背中の遠くから、何か大きなどよめきと絶叫が聞こえた。
敵の正面とぶつかっている前線から。
「ルゥナ様」
後ろを振り向きたくなるルゥナに、トワが背中から呼びかけて止める。
「この汚物を駆除が先です」
「……わかりました」
ここで毒を使ったのなら、アヴィ達がいる前線側でも。
もしかしたら、味方の被害も気にせずに使うことがあるのではないか。
不安になる気持ちを振り切って、目の前の強敵を睨みつけた。
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