第四幕 041話 駆除殲滅_1



 地形的な理由もあったが、小細工を仕掛けなかったことには意味がある。

 もちろん勝算もあるが。


 人間どもの駆除を経て、今の清廊族の戦士たちはそれぞれが相当な猛者だ。

 敵の数が多くても勝てる。

 それを改めて焼き付けようと考えた。戦士たちの心に。


 これからも戦いは続き、人間の数はさらに増えるだろう。

 南の沿岸部の方が人間の数が多い。

 そうした数を目にしても気後れすることがないよう。元からの戦士はともかく、新たに加わった者もいるのだから。



 考えはそうなのだが、さすがに息を飲む。

 数万の軍勢がこちらを殺そうと並んで駆けてくるというのは、他で感じることのない迫力だ。


 クジャで無数の魔物に襲われたこともあったが、統一感があるとまた違う。



 ルゥナが見るほど人間も足が揃っているわけではないのだが、全体として見れば大きな波が押し寄せるよう。広大な草原を一陣の風が撫でていくように、大地を揺らしながら突き進む大軍勢。

 飲み込まれてしまいそう。


 全て飲み込まれぬよう、南下するルゥナ達の右手には川が位置するよう進んだ。

 川沿いの東にくるよう丘を下り、そのまま人間の町を目指す。


 川の方に踏み込んでくるのなら氷雪魔法の餌食に。

 最悪の場合は川を凍らせ西に渡り荒野に逃げる。もしくは溜腑峠に逃げる。この戦いが最後ではないのだから選択肢は残した。



 敵の第一陣に対して、オルガーラを筆頭にしてぶつかる。

 突っ込んできた見かけほどの強さはなく、難なく崩れた。

 飛び散る血肉は人間のものばかりで、悲鳴は後ろから押し寄せる怒声に掻き消される。


 思った以上に戦意が高い。

 これまでと違い、人間が守ろうとする町の近くで戦っているからだろうか。

 実力では脆弱な兵だが、勢いが止まない。続く。


 守らなければという意識と、あとは命令に従う以外にどうすればいいかわかっていないだけか。



 こちらの横に回る敵に対して、猛烈な雹が降り注いだ。骨を砕くほどの強さで。

 メメトハ達を中心にして複数で広範囲に向けた魔法。


 仕返しのように飛んでくる火球が、百を超える。

 多い。

 さすがにこの規模の軍勢だと魔法使いの数も多い。



「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴!」


 ルゥナが唱え、後方からも同じ詠唱が続いた。

 後ろに置いているやや力の劣る魔法使い。それでも数十も重なれば相応の力となる。


 飛んできた火球をかき消すけれど、熱風が周囲を抜けた。

 数で押されている。出来れば魔法使いを減らしたいが、敵もそれは当然わかっていて魔法使いは後方だ。



 続けて放たれた火球に向けて、二つの塊が飛んだ。


 アヴィとオルガーラが手近の敵兵を打った。その体を、先ほど魔法が放たれた辺りに見当をつけて吹っ飛ばす。


 片方は火球に焼かれながらずっと後方へ。

 もう片方は、うまくその場で爆散する。炎が敵兵の頭上に降り注いだ。


 一部だが魔法の邪魔になっただろう。



「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴!」


 アヴィ達が防いでくれた以外の火球を再び魔法で迎撃しながら、ルゥナは読みが外れたと考えた。



 警戒されているはず。

 突出した強者がいると知られていて、狙われるだろうと。

 そう思ってオルガーラを先頭にした。戦力的にもそうするべきだった。


 白い大楯のオルガーラは有名だ。敵は真っ先にここを狙ってくるだろうと。

 オルガーラさえ倒せば烏合の衆と考え、最大戦力で狙ってくるかと予想したのだが、違う。


 雑兵が群れとなり続く。

 まさに波が押し寄せるように、潰されても押し戻されても次の波が。


 この程度の敵にオルガーラがどうということもないだろうが、数はなかなか減らない。

 オルガーラを狙う強敵を倒そうとすぐ後ろに配置したアヴィだが、そういう敵が来ない為に彼女とならび前線に立っている。




「魔法使いは水を! 呼吸をゆっくり十数えて、二度!」


 ルゥナは力を温存しながらの魔法だが、全員がそうではない。


「まだ平気でも後が続きます! 息を整えなさい!」


 自分はまだ平気だという顔の者も見えて、再度命じた。

 短時間で終わるわけではない。後半になって魔法使いに息切れされては困る。


 先ほどアヴィ達が火球を迎撃した為か、敵の魔法が一度途切れた。配置を変えているのだろう。

 前衛にはバッタの群れのように押し寄せる兵が次々と。



「……戦士ではない、ですね」


 粗末な槍を構えて、喚きながら突進してくる兵士。戦いを生業とする者ではない。

 鍬や鎌を手にしている方が似合う。農夫などを臨時の兵士としたのだろう。

 捨て石としてぶつけているだけ。



「オルガーラ、前に出ないで! トワ!」

「わかりました、オルガーラ聞きなさい!」

「はぁい、よっとぉ!」


 突出しかけたオルガーラを、トワを通じて止める。

 三千を超える数だが、このくらいならまだルゥナの声が届く。これが一万となればそうそう指示も聞こえないだろうが。


 ユウラがいれば、と。

 また考えそうになってしまい、唇を噛んだ。



「メメトハ! 後方は!」

「おらぬ!」


 向かって左翼にいたメメトハに叫ぶと、短い返事があった。


 前衛と中衛魔法使いの間にいるルゥナの場所からは後方が見えにくい。

 後方に敵が回っていないかと心配したが問題はないらしい。



「全員、常見亀とこみのかめ!」

「常見亀!」


 ルゥナの指示を耳にした者が口々に伝えていく。


 眠らぬ亀の魔物がいる。

 実際には眠っているらしいのだが、目を閉じないのでそう呼ばれる。

 言い伝えとして、常見亀はいつも自分たちの背後で生者の行いを見ているのだとか。



 二つの指示語を全員に覚えさせた。

 撤退や突撃などの敵の耳を気にしないものとは別に、敵が聞いてもすぐ意図がわからないよう。


 常見亀と言ったら、わずかに後退しつつの戦いに移るよう。

 敵とすれば、押し寄せる勢いに負けてこちらが下がっていると見えるかもしれない。


 ただ死体やら落ちている武具やらで足場が悪くなるのを考え、余計な被害を減らす為にじりじりと後退するだけだが。味方の死体を踏み越えることで敵の気持ちも弱まるかと想像もしている。




 清廊族の言い伝えなのだから人間は知らないだろう。


 自らの後方に常見亀、右手に夜食蝶よじきちょう、左手に重祢鈴虫かさねすずむし、そして前方には糸摘蛇いとつみへび

 足元には日車草ひぐるまそうが咲くと言う。


 今いる場所の花を踏み荒らさぬよう、右手の夜食蝶は見えぬものを怖れぬ勇気を、左手の重祢鈴虫は言葉を重ねて誰かと繋ぐ手を示しているのだとか。

 糸摘蛇は、道を示すとも、いずれ迎える死を暗示しているとも言われるが。



 ルゥナの指示に従い、前線が少しずつ退きながら均衡を保つ。

 弱卒とはいえ数が多く、数名ほど手傷を負った戦士が最前線から下がって治療を受けていた。

 今のルゥナが気を張っていれば雑兵の槍程度は素肌でも受け止められるが、全員がそうではない。


 死者はいない。

 こちらの前衛は人間の基準なら中位の冒険者以上。混戦で手傷を負うのはともかく、雑兵相手に被害はなかった。




 押し合いながら少しずつ退く。

 かなりの人間を倒しているのに、敵の出方が変わらない。


 すでに一刻が経過。死体の山を踏み越える敵の足が弱まった隙に前衛を入れ替えたが、同じことが続いて作業のようになっている。


 オルガーラもアヴィも、一度ルゥナが交代で前に出て水分補給と深呼吸をさせた。

 敵の弱さはともかく、動きっぱなしでは汗も出る。季節も真夏で暑さが厳しい。


 消耗戦を狙っているのだろうが、こちらの被害はほとんどないまま。

 人間は、既に一万近く死んでいるのではないだろうか。


 ルゥナは知らないが、人間同士の戦闘の場合で、一度にこれだけの死者が出ることなど稀だ。

 ここまで被害が出れば勝ち負けの問題ではなく組織が瓦解することがほとんど。

 逃げ出す兵が少ないのは、やはり清廊族が人間ではないからか。



 人間から見た場合に、清廊族の襲撃は魔物の襲来と同じ。

 和解や降伏といった選択肢がなく、生まれ育った土地を守る為に必死になる。


 あるいは、天災だろうか。

 災厄が訪れ、それに対して家族を守ろうと。



「……愚かな汚物が」


 ルゥナの頭をそんな考えが過ぎり、思わず口から汚い言葉が漏れた。


 清廊族にとっての災厄は人間の存在だ。

 選択肢がない? なくしたのは人間の行いのせいだろうに。

 そのくせ今になって、家族を守ろうとかそんな正義じみた意志で戦うなど。


 許さない。

 和解などない。寛恕などない。

 貴様らが立っているその大地の下で、どれだけの清廊族の死と嘆きが踏みにじられてきたか。


 魔物か。

 それならそれでいい。

 お互いにただの魔物。ただの獣。

 互いの存亡をかけて殺し合うだけ。



「ここからです!」


 気合を入れ直した。

 弱い兵が続いたせいで気が緩んでいるだろう。流れ作業のようになって。


「こちらが疲労したとみて敵の本隊が来ます!」


 無意味に不慣れな民兵をぶつけてきたはずがない。

 さすがに一刻も戦闘を続ければ息も荒くなる。これを狙っているはず。



「豪壮丸を!」

「おぉ!」

「わかりました!」


 手の空いている者から順に、腰の袋から小さな粒を一掴みして口にした。


 小さな粒だが、力の素が詰まっている。

 という触れ込みだ。



 これは珍しくアヴィが言い出した。

 戦いが続けば食事も満足にできない。興奮していると食欲も減退する。

 滋養の詰まった丸薬を用意しようと。


 そして、その謳い文句をつけた。

 齧れば岩をも砕く力を発揮する薬だと。


 嘘だが。

 実際にそんな力はないが、今の戦士たちならそれを実現するだけの力もある。

 そして、そう信じることで持てる力以上のものを引き出すことも出来る。


 幸いなことにアヴィやルゥナが実現してきた事実は夢物語のような偉業で、その原動力がこの丸薬だと言えば皆はそれなりに信じてくれた。

 嘘とわかっていながら素直に踊ってくれただけなのかもしれないけれど。



 栄養補給と鼓舞を兼ねて備えた所に、今までとは違う敵兵が増えて来た。

 正規兵だ。

 それに冒険者らしい者も混じっている。


 押し込まれる。

 先ほどまでとは違い、実際に数と力で押される。

 疲れもあるが、弱兵に慣らされすぎた。



「気を抜かないように! アヴィ、オルガーラ! 出すぎです周りを見て!」

「ルゥナ、東に敵!」


 エシュメノの声が響いた。



 メメトハが抑えていた左翼側から、さらに迂回して横に迫る敵があると。


「百くらいのちぐはぐな武装の連中じゃけぇ!」

「冒険者です!」


 上から確認したウヤルカの言葉で確信する。



「強力な魔法使いがいるかもしれません! 気を付けて……いえ、ウヤルカも前衛の立て直しをお願いします!」


 敵の勢いに負けて前線が崩れることを避けたい。ウヤルカの方が的確に見えるだろう。


「おぅ!」

「ルゥナ様、私とラッケルタが食い止めます!」


 押し込まれつつある前線でアヴィとオルガーラは下がらない。そのせいで前に取り残されてしまう。

 押し返そうとネネランがラッケルタと共に少し前に出た。


「任せますネネラン」



 前線よりも、横に回り込んだ冒険者の一団が気になる。

 致命的な何かになる前に、東から迫る敵にルゥナが向かった。



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