第四幕 025話 濡れた大地を掻き分けて_1



 密集した大きな集まりほど、混乱した時の収拾が難しい。


 敵がいると思い込んで突撃した先にいたのは味方で、勢い余って同士討ちを。さらに後ろからはそれと気づかぬ者が押す。

 やめろと叫ぶ声は、それを上回る熱狂に飲まれ伝わらない。


 同士討ちそのものの被害はそこまで多くなくとも、軍としての立て直しが出来ない。

 指揮官はともかく兵士たちの動揺は大きい。

 味方を手にかけてしまったと。何をすべきかわからない。自分が悪いんじゃない。


 指揮官の命令を理解する頭が鈍り、手も足も鈍る。

 数の脅威が半減した。



 そういう中でも目標を見失っていない者もいる。

 東に駆け抜けた一団を目指し追ってくる敵。


 中央側で同士討ちと混乱が起きていることを知ってか知らずか、とにかく確かに目にした目標を追った。




 目立つ。

 どうしようもないけれどラッケルタの巨体は目立つ。乗っているネネランの分も背丈が高く、周囲に生える少し背の高い葦でも隠し切れない。


 人間の魔法と誤認させることと、また南北どちらからも見えるよう火柱を上げる為に必要だった。

 他の誰かでは、小さな火を起こすことは出来てもラッケルタほどの力は出ない。


 南北に敵に挟まれる位置で炎を吐き、そこから走るラッケルタの巨体を敵が見逃すはずもない。

 ラッケルタの足が掻き分ける泥や草の揺れも大きく、その存在を明らかにしていた。



 駆ける速度は、戦士たちの走るそれより遅い。

 だからラッケルタは町への奇襲戦に不参加。足の遅さと足跡が目立ちすぎる。

 湿地に潜むルゥナ達とも別行動。約束していた丘陵の林で待っていた。


「GiI!」


 短く唸り尻尾を振るう。

 後ろから飛んできた火の玉を、見ていたわけでもないのに正確に払い除けた。


「ありがとうラッケルタ」

「Guu」


 ラッケルタ自身はこの程度の火炎でさほどダメージはないだろうが、乗っているネネランに怪我をさせないように。



 ずっと後ろから戦いの音が聞こえる。

 喚声と金属音と。

 敵同士がぶつかった音だろう。


 追ってくる敵の気配は消えないが、とりあえず当初の目的は果たしたと考える。

 このまま駆けていったら、敵が脱落してしまうのではないだろうか。


 ラッケルタの足は遅い。

 平地なら、人間が全力で駆けるより遅い。


 だがここは湿地で、さらにこの周辺はぬかるんでいる。

 泥を撥ねながら走るラッケルタの速度は、平地とさほど変わらない。

 逆に、追ってくる人間の足は鈍る。追い付けそうで追い付けない。


 ぬかるんだ泥を踏みながら走るのだから、体力の消耗も大きい。

 少し足を緩めようかと考えた所で、ネネランの視界に入るものがある。騎乗している為に視点が高かった。


 葦ではなく、樹木。

 さほど多くはないが、しかと大地に根を張る植物だ。



「あそこまで――」


 言いかけた瞬間、ネネランはうなじに嫌な風を感じた。

 直感のまま槍を振り払うのと、ラッケルタが大きく体の向きを変えたのは同時。

 薙ぎ払いとラッケルタの旋回で、ネネランの首を狙った剣を弾き飛ばした。


「ひゃぁっ!」


 重い。

 凄まじい重さの剣撃。


 追って来た兵士のさらに後方から、猛烈な速度で追い抜いての一撃か。

 別格の強者。

 その一撃を直感で防げただけでも幸いだった。



「これ止めんのかよ!」


 ネネランの腕力だけだったら一撃の重さに押し込まれていただろう。

 ラッケルタの重みが魔槍紅喰に乗って、敵を押し返せたのはそのおかげだ。


 ぬかるみを深く削りながら止まってしまったラッケルタに、他の兵士たちも迫り槍などを手に取り囲む。


 逃げきれない。

 今の一撃を放った強者を中心に、ネネランとラッケルタを追い詰めようと。



「火の手は噂のそいつのせいってか。グィタードラゴンってのは初めて見たぜ」


 頭に帽子代わりに紺色の布切れを巻き付けた若い剣士。日に焼けた肌だが、右目の下の小さな古傷部分は色が薄くが目立つ。

 ネネランとラッケルタを苦々し気に睨み、ちらりと後方を見た。


 まだ追ってくる姿もあるが、その向こうでは同士討ちがあったはず。

 こちらの罠に嵌まったと知り、逆に追っていった部隊にも罠があるはずと考えたのだろう。

 正解だけれど。


 混乱する軍の中で、おそらく幹部の彼といくらか冷静な者を呼びながらラッケルタを目指した。

 動揺する一般兵ばかりではない。



「ラッケルタ!」

「GuA!」


 一声上げて、熱風を吹き付ける。


 火は吐かない。

 この場にさらに敵を呼び寄せたくない。

 熱風といっても水が沸騰するより熱いのだ。近距離で吹き付けられれば火傷するし、距離があっても顔を覆う。



「うおぁ!」

「ずぁちっくそ!」


 敵を怯ませ、後ろ歩きで下がるラッケルタ。

 案外と前方に進む時とさほど速さが変わらないのは、種族としての生態なのかラッケルタの癖なのか。


「こんの、こざかしいやっちゃ!」


 剣士が叫び、大きく剣を振った。

 突風が巻き起こり、ラッケルタの吐いた熱気を吹き飛ばす。



「でかいナリしてかっこわりぃぞ! たまぁついてんのか!」

「ラッケルタは女の子です!」


 ふぐりなどついているものかと、思わず言い返してしまった。

 そういう問題ではないかもしれないが、とりあえず大事なことだと思って。


「どっちもメスだぁ? 影陋族の男ってのぁタマ無しかよ!」


 人間の兵士は大半が男だ。たまに女も混じるが。

 動物でも、体格や筋力でオスの方が強い種類もいる。人間もそういう傾向なのだろうと思う。


 逆もいる。メスの方が体格が大きく、交尾の後にオスを食ってしまうような生き物も。

 清廊族はそうではないけれど。



「関係ありません!」


 腰から取った拳大の袋を投げつける。


「戦うしかないんですから関係ないでしょう!」

「はっ、そりゃあそうだ、なっ!」


 ネネランが投げつけた袋を切り払った。

 途端に、破裂する。


「うぉぁ!?」

「ディレトーレさん!」


 吹き飛ばされた剣士に、ラッケルタの熱風で怯んでいた兵士が声を上げた。



「ぶっぺっ、なんでもねえっちゃ!」


 ネネランの投げた袋が弾けた時に泥水やら千切れた草やらが口に入ったらしく、唾を吐きながら応じる。


「妙なことしやがって」



 先日、飛行船を目指した時にも使った袋。

 ニアミカルム周辺に生息するカエルの魔物の喉あたりにある部位で、小さな中に大量の空気を詰め込める。


 破夜蛙わやかわず


 名前は少し仰々しいが、力はさほどなく大きさは膝程度まで。

 呼び名の由来は、夜を破るような爆音を発することが出来ることから。


 喉の辺りの臓腑とは別の袋に溜めた空気を一気に噴き出し、喉を通して猛烈な音を出す。

 その爆音で周囲の昆虫を気絶させてゆっくり食べるのだとか。あるいは敵に襲われた時に使うこともあると。


 鳥の魔物がこの破夜蛙を襲って、爆音を受けて気絶してしてしまうことも珍しくない。

 連発できないので、一度使ったら地中に逃げ隠れる。決して強い魔物ではない。



 爆音が使えるかと思って狩ったのだけれど、この袋だけでは音が出なかった。

 音は喉の形状なども重なってのことだったのだろう。


 空気は詰め込める。

 風を操る鳥の魔石を仕込むことで、小さな袋の中に大量の空気を詰め込むことができた。


 サジュで飛行船と戦った時、ネネランを空で跳ねさせるほどの空気の塊。

 色々と使えそうだとルゥナもアヴィも関心を示し、ちょうどサジュ周辺で狩り集めて用意してきたのだ。ネネランの道具が皆の役に立てるなら嬉しい。


 敵のディレトーレとやらも至近距離でその破裂を受けて、思わず数歩分ほど後退した。



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