第四幕 023話 葦の葉切り_1



 敵の直中ただなかを駆ける。飛ぶ。

 追い付かれればいくらウヤルカでも抗いきれないだろうおびただしい群れ。

 北から、そして南から。


 ウヤルカ達を圧し潰そうと迫る敵は、その足踏みと気勢で大地が震えるほど。

 ユキリンに騎乗しているのだから飛んでいるのだから、地面の振動を感じるわけではないが。


 その振動のおかしさに、見晴らしが良ければ気付いただろう。

 大地を揺らすほど踏み鳴らす音と震えの違和感に。彼ら自身が。




 霧が薄くなった中、ウヤルカの後ろから西に駆ける一団がある。千ほどの清廊族の戦士たち。

 少し前にやや東で上がった火勢が、敵にこちらの存在を知らせた。



 先行していた軍にとっては、後方で火勢が。

 追ってきていた軍から見れば、霧の向こうで火勢が。



 ようやく尻尾を掴んだと、押し寄せる。

 霧に隠れて嫌がらせのような襲撃を重ねていたものを見つけ、逃がすものかと全力で迫る。


 駆ける戦士たちの前を、地面近く真っ直ぐに飛ぶウヤルカ。それを道標とするように続く戦士たちだが。

 追う側が圧倒的に多い以上、逃げ切れる見込みがない。

 霧は次第に薄くなり、ますますこちらの位置を露わにする。


 そして、程なく激突した。

 お互いに、霧の先に見ていた清廊族の集団をひと飲みにしようと襲い掛かった人間の両軍・・・・・が。



 霧のように。

 霞のように。

 清廊族の戦士たちの姿は掻き消えて、霧の向こうから現れたのは別行動だった味方の軍勢。


 武器を掲げていきり立った兵士が即座に止まれるはずもなく、また興奮と混乱から敵と味方を見失う。

 大混乱の中、ユキリンは速度を上げて戦域から離れていった。



「セサーカ、もうええ!」

「う、く……はい」


 ふらりと揺れるセサーカの体を、自分の体で覆ってユキリンにしがみつかせる。

 放って置いたら落ちてしまいそうだ。


「おんしの役目は十分じゃ。落ちんよう気ぃつけぇ」


 代わりのいない役割で、おそらくこの数日で誰より多くの魔法を使っている。

 不満の一つも言わないけれど、限度を超えた負担だ。今のセサーカでは戦いどころか普通に歩くことさえ困難なはず。



 幽朧の馨香は、何でも出来る便利な幻術ではない。

 周囲にあるものを、別の場所にあるかのように映すだけ。

 自分たちを隠すためになら、近くの風景を映し出せばいいのだから特に問題はない。


 千の戦士の幻影。

 火勢を上げた場所から東に――つまり反対に駆けた戦士団の姿を、鏡のように反対に映して引っ張ってきた。

 視界が良ければ、戦士たちの動きが繰り返しになっていたことに人間も気付くことも出来ただろうが、薄くなったとは言っても霧の中。


 間違えず、東に逃げた実際の戦士たちを追った敵もいたはず。

 全てではない。分散すれば対処できないこともない。



 ウヤルカは敵と敵の間、中心をセサーカを乗せて飛んだ。こちらに引き付けた敵の方が圧倒的に多い。


 そして、同士討ち。

 ここまで人間どもの心中に苛立ちを募らせた。視野というだけでなく目が曇る。

 そして、小さな襲撃による被害は小さい。こちらの数の少なさという事実も重なり、警戒心を薄れさせた。


 大した抵抗は出来ない。

 そう思わせる為にちまちまと小規模な奇襲を仕掛けていたのだという。ルゥナの掌中に敵は完全に乗せられた。


 積み上げた上で、こちらを発見したと誤認させるラッケルタの火炎。

 それを目印に突っ込んできた敵が、完璧ではなかったかもしれないが、見事に敵同士でぶつかってくれた。




「追ってくる奴もおるか」


 東に逃げた本隊とは逆に、西に抜けたウヤルカ。全員がこちらを見失ってくれるわけではない。

 ウヤルカの姿を捕らえ、追ってくる敵の部隊もある。南から来ているのでイジンカの町にいた敵兵だろう。


「ちぃと揺れるけぇ」

「平気、ですよ」


 そういう声音ではないけれど、ずいぶんと強がるものだ。


「すまん」


 さらに速度を上げた。

 高度は上げない。時折、丈の長い葦の葉がウヤルカの足を擦る。

 セサーカも乗せての飛行で、あまり急に高度を上げられない。敵の手が届かぬほどの高さに行けるのなら良いのだが。



「くのっ!」


 咄嗟にセサーカを片手に抱きしめながら角度を変えた。

 ウヤルカの飛んでいた場所を貫く矢が、湿地帯の葦の葉を散らしながら消えていく。


 続けて後ろから放たれる矢が頭上から降り注ぐ。

 中には火炎の魔法もあった。おそらく走りながらの詠唱で強い威力ではないが、だからといって当たって無傷とはいかない。


 高度を上げれば狙われやすい。

 そういう理由もあった。



 真っ直ぐに飛ぶことをやめて、左右に、タイミングを掴まれないよう左、左、さらに左と位置を変えながら逃げる。


 敵の数を確認できないが、矢の数からすれば少なくはない。

 狙いもかなり正確で、町にいた人間たちの中では精鋭なのだろう。最前線に出てくるのだから当然なのか。



 大きく右に進路を戻しながら、ちらりと後ろを見た。

 思った以上に多い。

 飛び道具を使っている人間ばかりではない。ざっと見ただけで数百は下らない。後ろからもっと多く追ってきているだろう。


 疲弊したセサーカを抱えた状態で相対するわけにはいかない。

 今はただ逃げる。

 ルゥナの指示通りに。



「うばっ!」

「べっ!」


 後方で上がった声に、思わずにやりとしてしまった。


「くそっ! こっちは深い!」

「回れ! 回り込め!」


 空を飛ぶユキリンと違って人間には足場が必要だ。この湿地帯には場所によってぬかるみや川もある。

 当たり前のように飛ぶユキリンを追うことに集中しすぎて、足元が疎かになった。



 あまり高く飛ばなかったのは、敵の視線をウヤルカのいる前方やや上に向けさせるためでもあった。

 上に行き過ぎれば、人間は見上げることより自分の進む道を見ようとしただろう。

 この辺もルゥナの指示通りで、本当によく考えるものだと感心させられる。


 深みに突っ込んだ兵士を引っ張り上げながら、北に迂回してまだウヤルカを追おうとする人間ども。

 この状況から追い付けると考えるのはどうなのか。ただ躍起になっているとも思えるけれど。




「ぬぅっ! おんどれかぁ!」


 水場を越えた場所で一息つけるかと思ったウヤルカだったが、吐き棄てながら薙刀を振るった。


 ぐぁんと、重い音がウヤルカの腕の芯にまで響く。


 凄まじい速度の投げ槍。

 先日、町を襲った時にも見た。槍が同じかどうかは知らないが、威力と言うかどうなのか、何となく癖が同じだ。


 投げ槍から半呼吸遅れて、弾いた槍を跳び上がり手にして叩きつけてくる。

 人間の男。


「貴様は俺が討つ!」

「上等じゃ!」


 吠えながら交わす槍撃と大薙刀。

 セサーカを抱え逃げながら戦える相手ではない。

 ユキリンを蹴り離しながら敵の槍を打ち払った。



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