第四幕 021話 背負う責務_1
「城壁外で見張りをしていた中隊は報告に来た者を除いて全滅。他、城門での戦闘での死者がおよそ二千です」
「……」
「北から回ったヴェッツィオ師団長が戦死と……」
息が漏れた。苦々しい。
準勇者級の使い手で、その直属の部下も中位の冒険者ほどの精鋭揃いだった。
ヴェッツィオの損失と合わせて痛いところだ。
とはいえ、北の一角からの挟撃で城門を塞ぐ敵を撃退できたのだから、必要な作戦行動だとしか言えない。
「二千、か」
「そのぅ……確認できただけで、ですが」
報告する部下の声が弱まる。
夜襲を仕掛けてきた影陋族を撃退し、備え直しながらの被害報告。
北に逃げたものばかりだと思っていた。
間違いなく北に向かったのだ。敵の半数以上は。
まさか寡兵を分けて、千にも満たない数で五万の兵が入った城塞都市に攻め寄せるなど。
町をあちこち破壊していたのもその工作の為。
こちらの対応を制限し、誘導した。
「負傷者はおよそその倍です。幸い病床には困りませんが」
上司の機嫌を少しでも慰めようというのか、何の解決にもならない言葉につい怒りを含んだ目を向けてしまった。
「も、申し訳ありません」
「……サンソーネ達の状況は?」
「……」
十万の軍の中でも数の限られた勇者級の幹部。
その一人の名に、部下は俯いて沈黙し、ゆっくりと首を振った。
「湾の中を漂う氷塊の中に、船影らしきものがみえると。おそらくその中かと」
「有り得るか!」
ばん、と。卓を叩いた。
「海に浮かぶ船を丸ごと凍らせるだと? 船にも魔法使いはいたのだぞ!」
立ち上がり、苛立ちをぶつける。
「いくら連中が得意な氷雪系だと言っても、複数の魔法使いが抵抗する中で距離を置いた海の上の船を凍らせるなど、そんな馬鹿げた力があるものか!」
距離が離れれば魔法の威力は弱まる。
敵が氷雪の魔法を使うのであれば、こちらは炎熱系の魔法が得意だ。
今までにないことだが、海上で影陋族が人間を襲うのなら氷雪系の魔法は確かに有効だろう。
船を出す際に、全く考えなかったわけではない。
灯台の南側に回り、そこから上陸して敵を迎撃する。残っていた船に少数精鋭を乗せる前に魔法には注意するよう言った。
それが、岸に近付く前に船丸ごと凍り付くなど想定できるものか。
海上で激しい吹雪に見舞われたのなら、勇者といえど満足に立ち回れない。足場が悪すぎる。
まして小型の船で、大型船よりさらに不安定に揺れる。
海側を回ることを影陋族が予想していれば襲撃があるだろうと。
手練れの魔法使いが数名でそれを防ぎ、岸に近付けば一気に上陸して敵を殲滅できるはず。
大した数がいるはずがない。実際にいなかった。
その少数の襲撃でどれだけの被害を出したというのか。
「一人……あ、いえ。一匹だったと」
頭の痛くなるような報告を続ける部下に、溜息を吐いて椅子に座り直した。
「灯台から見張っていた者の報告では、船に向かい魔法を放ったのは一匹の、どうやら影陋族の女だと」
「例の、連中の言う
「以前から報告にあったそれは大楯と大斧の戦士だとか。魔法を得意とするという話はありませんので」
つまり、と。
「別の、英雄級の力を持つ影陋族かと。魔法に熟達した……大楯の戦士は正門での攻防で多くの被害を出しています」
「英雄級の戦力が二匹もいると言うのか。全く」
少ない数の敵だと見誤った。
侮ったつもりはなかったが、この数の中にそれほどの力を有する戦士が別に存在するとはおもわなかった。
敵にやり込められ、打開策をと焦ったとも言える。
正面から数で押し返せば、少ない数の敵なのだからいずれ押し通せただろう。
どうにか手をと考え、貴重な戦力に被害を広げてしまった。
集団戦闘の中、英雄級の力を有する魔法使いの存在は極めて危険だ。
一対一であれば英雄級の剣士などより与しやすいと言われるが、それはその高みにある戦士だから言えること。
それでも剣士なら、武器の届く範囲にまでの被害で済む。魔法使いは攻撃範囲が広い。
「こちらの魔法使いの抵抗を上回る魔法を、船全てが凍り付くまで続けたというのだな」
「そうなります。おそらくかなり短時間で」
圧倒的な冷気で、まともに対応することも出来ない間に氷に閉ざされた。
サンソーネを始めとした手練れの精鋭が揃っていたのだ。時間があればいくらかは逃れることも出来ただろうに。
「一人、凍死した死体が港に流れ着いています。流れてきて尚、その臓腑まで凍り付いていたのだとか」
おそらく敵の攻撃から逃れようと海に飛び込み死んだのだろうが、海を漂っても融けないと聞けばどれほどの冷気だったのか。
船を使うことは予想できただろう。
そこにこちらの主要な戦力が乗っていたのは偶然だったのか。少数精鋭をと考え悪い手を指してしまった。
地上で戦えば、サンソーネならその敵魔法使いとも十分に戦えたはず。近接戦闘が苦手であれば倒せたかもしれない。
「未確認を含め死者三千。負傷者が五千か」
準勇者、勇者級の二人が含まれる被害を、小さいとは言えないが。
「……明朝、ここを発つ」
敵は逃げた。
追おうとするこちらの足を、やはり吹雪やぬかるみの魔法で牽制して撤退した。影陋族の死体はろくに数えるほどもない。
「北に向かった部隊と合流して影陋族どもの町を落とす。食料ならそこでいくらか調達できよう」
「昨夜の敵と遭遇する可能性は?」
「その時は願ってもない」
立ち上がり、拳を握った。
「見通しがきく地形だ。大した小細工も出来ぬのなら影陋族など恐れるに足りん」
この軍にも、別動隊にも。まだ勇者や準勇者としての力を持つ者は十人を越える。それ以外の強者も、もちろん数も圧倒的。
「小賢しい抵抗など無意味だと、死体にしてわからせてやろう」
身の程知らずの愚かな種族を討滅する。
この戦いに敗北など許されない。カナンラダに入植して以来、イスフィロセがこれだけの数を動員した作戦など例がない。
「奴らに残された道は二つ」
既にイジンカで大きな損害を出しているのだ。今さら戦死者の数を数えて何になる。
「従属するか、死ぬかだ」
イスフィロセに逆らい、泥をかけていった連中だ。
たとえ従うと言ってもいくらかは殺そう。そうでなければ腹の虫が収まらない。
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